現在という時代を考えるための私の道標べ、心覚えのようなものとして辺見庸の次のインタビュー記事を転載しておこうと思います。現在の在る‐が‐ままの政治の風景、またメディアの風景、大衆の風景、文化=風俗の風景をどのように見るか、あるいは考えるか、その心覚えとして。辺見の言説には情況への本質的な問いと深部の澱みに深く下りて沈思する眼の胆力があります。

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辺見庸ロング・インタビュー「国策を問う――沖縄と東北の40年」
(沖縄タイムス 2012年5月10日、同11日)

復帰40年・安保の実相 作家の辺見庸さんが迫る

「安保という国策は大震災という『国難』にあっても最重要である」という論理の下、「沖縄の住民はとやかく文句を言わずに、お国のために我慢しなければならない」という新たな押し付けと切り捨てが、今始まりつつある。

「国策を問う」~沖縄と東北の40年~は、作家の辺見庸さん(68)が3・11後の安保環境の変化や復帰40年の実相に迫る。沖縄は単に「島」であり、「石」とみなされてきたのではないか。「戦後民主主義」を根元からはぎ取り、むき出しの現在を提示する。
(特別報道チーム・渡辺豪)

【本文見出し】
【前編】 「沖縄 いまなお『石』扱い」(2012年4月10日掲載)
Ⅰ.311――米軍支援の真意
Ⅱ.「トモダチ作戦」を美談化
Ⅲ.「国難」盾に押しつけ
Ⅳ.ファシズム醸す気運
Ⅴ.増幅する破局の予感
Ⅵ.激変に無自覚な社会

【後編】 「徹底的破滅から光」(2012年4月11日掲載)
Ⅰ.露出した差別の構造
Ⅱ痛みますます希薄に
Ⅲ.基地全廃いまこそ追求
Ⅳ. 虚妄に覆われた時代
Ⅴ.「肝苦りさ」闘いの原点


〔前編〕 沖縄いまなお「石」扱い(2012年4月10日掲載)

(1)311――米軍支援の真意
-東日本大震災の約2週間後、ルース駐日米大使が被災地を訪問し反響を呼びました。

辺見 彼の被災地訪問の風景は実は歴史が大きく移行していくというか、歴史が静かにページをめくった瞬間として僕は息を詰めて見ました。“感動的シーン”の陰に歴史の曲がり角がありました。これは復帰40周年の実相ともかかわります。ルース大使は僕の故郷、石巻を夫人とともに訪問し、同行した米太平洋軍司令官も奥さんと一緒でした。まだ余震が激しいなかですから、相当の覚悟であったことは間違いない。あのとき米軍は同時に沖縄の精鋭部隊を含む将兵2万4千人を被災地に出し、さらに空母ロナルド・レーガンなど20隻以上の艦艇、190機の航空機を動員して、自衛隊と緊密に連携し作戦を実行した。ルース大使はホワイトハウス中枢でもかなり大統領に近い人ですね。戦略的に物事を考えることができる人だと思います。

そういう背景を見れば、同盟国への単なる友情表明ではありえません。多角的効果を計算した戦略的な演出という側面を見落としてはなりません。「ルース大使はよい人だ」とか、「米軍はよい軍隊だ」というふうな感情で片づけられる風景ではない。わたしは日本の沖縄以外の地域を沖縄と区別して「本土」と呼ぶのに抵抗を覚える人間ですが、ここでは我慢して「本土」という言葉を用います。ルース大使の被災地訪問および米軍の救援活動について米国側は連日すごい広報をしている。「トモダチ作戦」は対日関係、対中国を強く意識し、朝鮮半島情勢をにらんだ、まさに総合的な日米共同オペレーションでした。そういう重要な側面を削いで本土メディアは報じた。

かつて吉田茂首相は朝鮮戦争が勃発したとき、「天祐」と言いました。天の助けだ、と大喜びしたのです。とんでもない暴言なんだけれども、日本にはそれを恥じいり吉田茂を糾弾する世論はなかった。戦後間もない時期、貧困の淵にあった日本には朝鮮戦争反対の本格的運動はなく、戦争特需で儲けることができる、ビジネスチャンスだと、あの大きな戦争をとらえたのです。それとは異なる文脈だけれどもアメリカ側はこの震災、原発事故を、同盟国が苦難に陥っていると同時に、その苦難というのが米国にとってはひとつの失地回復のチャンスだというふうにとらえた。それは想像に難くありません。国務省、国防総省が中心になって、作戦計画がねられたのは当然です。日米関係は特に民主党政権になってから、あっちいったりこっちいったりして不安定でした。日米関係が不調な中で3・11が起きたということは、もう一気に挽回できるチャンスだというふうにとらえない方が嘘であって、それが外交というものです。外交には常に表舞台と裏舞台があり、謀略もあれば暗闘もある。画策、密約、大芝居は外交の常です。

ルース大使は首相よりも早く石巻に行き、被災者を涙ながらにハグした。それは嘘ではない。しかし、それをもって米国と米軍=善と結論するのはどうでしょうか。日本の特にテレビメディアは、米国の狙い通りに報道した。あれを見ていると、まるで国務省の広報番組そのもので驚きました。大多数の人たちはルース大使が、まだ余震の激しい中、現地へ来たことにものすごく感謝したし、大きな拍手を送ったのは事実です。ただ、そこに戦略的背景というものを見なかった。それをうすうすは感じていても、書くことができなかった、主張することができなかったメディアって一体何なんだろう。3・11以降の日本の報道姿勢というのは、戦後報道史上でも最悪の堕落というのかな。原発メルトダウンの話も含めて、あるべき報道の機能を果たしていなかったんじやないですか。

-辺見さんは、故郷の石巻がそういう「舞台」に選ばれたことをどう受け止めましたか。

辺見 ショックでしたね。石巻の風土を知っているだけに非常にびっくりしたし、もっと巨視的に言うと、これで沖縄の基地問題で注文をつける精神的なバネというものがなくなったか、一気にゆるんでしまったのではないかと危惧しましたね。

(2)「トモダチ作戦」を美談化
-GHO(連合国軍総司令部)の最高司令官を務めたマッカーサーはかつて日本人を 「12歳の少年」と評しました。

辺見 マッカーサー発言の真意はいろいろ議論があるところですが、日本人の心性というのはマッカーサーが見ても、あるいは現在の米大統領やルース大使が見てもとても複雑で、時には幼稚に見えたり、卑怯に見えたり、手を焼いていると思います。手を焼くというよりも不思議でしょうがないんじゃないかな。ただ、じゃあ米国の日本に対する意識はどうといえば、わたしはやっぱり「占領国」か属国なんじゃないかと思います。占領軍という記憶、無意識の意識というかな、それがまだ抜けていない。そういう意味でも日本と米国の間にはフェアな関係性というのはまだない。3・11における米側の救援活動は、もっと子細に検討されなければならないと思う。「オペレーション・トモダチ」というのは戦後日米関係史ひいては復帰40周年を迎える沖縄を考えるうえでも非常に大きな「作戦」でした。

僕が特に注目しているのは、1997年の日米ガイドラインで、有事の日米合同司令部として日米共同調整所をつくることになったんですが、今回初めてそれが機能したことです。「トモダチ作戦」というのは有事における日米共同作戦のためのきわめて実践的な予行演習であったし、そのまま戦争演習につながるものでした。それは何を想定した訓練だったか。民間施設の利用や上陸作戦も行ったわけですが、想定されたのは、さしあたり朝鮮半島有事ではないでしょうか。

それを冷静に分析して書こうとしないで、センチメントだけで米側の友好姿勢、友情の証しみたいな美談仕立てにしてしまったというのはまさに日本の本土メディアの敗北です。特に呆れたのが今年1月のNHK。夜9時のニュースのキャスターがルース大使にインタビューして、大使の被災地訪問、米軍の救援活動は感動的だった。ほんとにありがとうと何度も感謝表明した。それだけならまだしも、大使の被災地訪問と沖縄の普天間問題を結び付けて言う。あれは明らかにおかしい。あまりにも偏向した報道だと思いますね。石巻のハグシーンを繰り返し流す中で、普天間基地の問題をつなげて語るというのはどういうことでしょうか。救援活動への謝意と基地という軍事戦略上の問題、つまり次元の異なる2つの問題をごっちゃにして、それで沖縄に普天間基地の問題でほとんど物が言えなくなるような状態をキャスター自身がつくってしまっている。それこそが米側の狙いだったのです。NHKのキャスターの態度ともの言いは、植民地の卑屈なメディアが宗主国の大使にするようなものだとわたしの目には映りました。

-トモダチ作戦では、米軍司令官が支援物資の空輸で「普天間飛行場の死活的重要性が証明された」と強調しましたが、それを批判的に報じたのは沖縄の地元紙だけでした。

辺見 昨年の春は日米関係にとって特にセンシティブな時期というか、米側にとって非常に雰囲気の悪い時期でした。普天間間題、それから鳩山由紀夫氏の不見識発言の収拾も付いていないのに加え、米国務省日本部長ケビン・メア氏の一連の発言(★)があってね。日米関係の先行きに米側か強い危機感を抱いていたときだった。だから僕がさっき言った、彼らにとって震災はある意味で「天祐」であっただろうと。それは彼らにとってだけじゃない。日本政府にとっても、外務省あたりは内心、風向きが一気に変わってよかったって思っているのではないか。米側が「トモダチ作戦」なるものに投じた資金は8千万ドルと言われている。68億円ぐらいでしょ。微々たるもんですよ。それで数十倍の効果を得たわけだから。

-差別発言で米国務省日本部長を更迭されたケビン・メア氏は、3・11後に一時、国務省の日本支援特別チームの調整役を務めました。

辺見 驚いています。なぜそんな無神経なことがまかり通るのか。米側は日本や沖縄をまだ侮っているのじゃないか。日本や沖縄を本当に知悉している識見が豊かで偏見のない専門家、外交官がいかに少ないかということです。ケビン・メアは退官後、米コンサルティング組織の上級顧問に就任して、使用済み核燃料の再処理問題を手がけたりしていたと言われ、怪しい影を引きずっている。昨年5月には総理大臣官邸を訪問し官房副長官補と接触したり、沖縄侮辱発言以降も日米関係で暗躍どころか大っぴらに動きまわっている。わたしには理解できません。


米側としては、3・11の救援活動で危機的だった局面を一気に変えたわけで、まったく思惑通りにいったわけです。だから、震災後の「思いやり予算」の特別協定は一発で決まった。われわれにとって非常に腹の立つ重大な矛盾なわけだけれども、「トモダチ作戦」で助けてもらったのだから、いいじゃないか、という空気に急激に変わってしまった。歴史的転換と言ってもいい。ですから、3・11というのは未曽有の災害であるとともに、米側や日本の軍備強化路線を唱える勢力にとっては「天祐」でした。これこそ路線転換のチャンスだと思っている人間がいるのです。

★ケビン・メア氏の差別発言問題…米国務省のケビン・メア日本部長が2010年末に米大学生らに国務省内で行った講演で、「沖縄はごまかしの名人で怠惰」などと発言していたことが、講義を受けた米大学生らが書き留めたメモで明らかになった。メモによると、「日本人全体がゆすり文化の中にある。まさにゆすりであり、それが日本文化の一面だ」と述べた後に「沖縄はその名人であり、沖縄戦における犠牲や米軍基地の存在に日本政府が感じている罪(の意識)を利用している」などと述べた。

(3)「国難」盾に押しつけ
-トモダチ作戦でも、思いやり予算の件でも、沖縄メディアが批判的な記事を流すと、逆にインターネットで襲撃にさらされる。そうした日本全体のムードというものが、沖縄における報道でさえ影響を受けかねないものだと実感しました。

辺見 そうですね。わたしは危険性を感じています。本土の沖縄観というものに近年、とりわけ3・11以降、変化があるだけじゃなく、沖縄自身の沖縄観というか米軍観というものも急速に変わってきている気がします。すごく分かりやすい言葉で言えば、以前にあったような、「基地はいらない」という空気がなし崩し的に変わってきている。

-特に復帰のころと大きく変わったのは、自衛隊に対する認識だと思います。今回の北朝鮮の「人工衛星」発射問題でも、本土から地対空誘導弾パトリオット(PAC3)部隊が大々的に沖縄に展開、配備されても、そのことに正面から異議を唱える主張は限定的で、批判を口に出せない雰囲気もあったと思います。

辺見 政府、防衛当局の思うつぼですね。尖閣諸島の中国漁船の間題、北朝鮮のミサイル問題、それと3・11。そういうもので一気に安保の局面が変えられている。それをしっかりチェックしなければならないメディアが一緒になって騒ぐ。「危機」を煽る。もういまにも、北朝鮮からミサイルが沖縄に飛んでくるみたいなことを流す。普天間の基地問題からみんな視線、注意をそらされている。世論はいま巧みに操られ、誘導されています。マスコミはしきりに当局のお先棒を担いでいる。メディアは住民側に立った監視役ではなく、権力に飼いならされた権力のためのウォッチ・ドッグ(番犬)になりさがった。一部の例外を除けばそうじゃないですか。「メディアが戦争をつくる。戦争がメディアをつくる」というけど、これからますますそうなる気がします。

それから、時代が冷戦構造の時代とも、ポスト冷戦構造の時代とも大きく変わったということ。価値観のたがが外れ底が抜けた。第二次大戦後の世界の枠組みが根底から崩壊し、世界的規模でアノミー(混沌)状態が進みつつある。マネーが暴走するにつれて、世界にはいかなる平和的規範も準則もなくなり、貧困と暴力が各所でかつてなく剥きだされてきました。資本主義と社会主義、経済先進国と第三世界、発展途上国といった古い国家グループ間の対立ではなく、BRICS(ブリックス)諸国、とりわけ中国、ロシアによる世界の覇権争奪が激しくなってきた。米欧は全体的に著しい退潮を余儀なくされている。こうしたなかで米国はアジアにおける権益と戦略的足場を死守したいと考えて、軍事的にもアジア・シフトを再編している。そうはさせまいとする新興列強の中国、インドに加えてロシアが米国と現在、展開しているのは外交などというなまやさしいものではなく、かつてなく激烈なパワーゲームです。

その中で沖縄をどう考えていけばいいのか。どうしたって大きな流れというのは安保問題だとされてしまう。そして、安保という国策は大震災という「国難」にあっても最重要であるから、沖縄の住民はとやかく文句を言わずにお国のために我慢しなければならない、という新たな押しつけと切り捨てというのが、今始まりつつある。〈米国は震災であんなに日本を助けたじゃないか〉〈真の味方は米国だ〉〈米国の軍事力なしには中国の脅威に対抗できない〉――そんな考え方が勢いをつけている。この論理には沖縄住民の平和と安全という観点が完全に抜けおちている。もともとリチャード・ニクソンが日本に沖縄返還を約束したのは、安保延長と引き換えでした。

1968年の琉球政府の行政主席選挙で勝利した屋良朝苗さんが訴えたのは「即時無条件全面返還」であり、その精神の柱には米軍基地反対があった。しかし、72年のいわゆる「核抜き・本土並み」復帰は米軍基地を維持したままのものであり、「核抜き」はクエスチョンマーク、「本土並み」はまったくのまやかしで、そのまやかしを正す作業も行われてこなかった。沖縄にかかわる日本の戦後思想には抜きがたい「虚妄」がある。さっきも言いましたが、僕は「本土」という言葉を疑います。沖縄は日本本土ではないのか。では、沖縄って何だ? そう問い返してしまう。一体、本土の思想は沖縄を生身の「人」として考えたことがあるでしょうか。沖縄は単に「島」であり、「石」とみなされてきたのではないか。沖縄の車のナンバープレートにはかつて「Keystone of the Pacific」(太平洋の要石)と記してあったそうですね。日本政府当局も沖縄は「人」というより「要石」または「捨て石」という発想があり、戦後民主主義もその誤り、差別観と本気で闘わないできた。

40年の虚妄と幻想と差別、それとどう向きあうべきか、ぼくは考えています。東北であれだけの震災があったんだから沖縄で騒ぐべきじゃないと言うのなら、それは全然違う。その自己規制ムードはやめた方がいい。もっともっと怒るべきです。

(4)ファシズム醸す気運
-辺見さんは著書で「なにかはかりがたいものは、上から高圧的に布かれているのでなく、むしろ下から醸されているようです」と指摘していますね。

辺見 ファシズムっていうのは必ずしも強権的に「上から」だけくるものではなくて、動態としてはマスメディアに煽られて下からもわき上かってくる。政治権力とメディア、人心が相乗して、居丈高になっていく。個人、弱者、少数者、異議申し立て者を押しのけて、「国家」や「ニッポン」という幻想がとめどなく膨張してゆく。〈尖閣をめぐり中国漁船の領海侵犯があった。中国側に反省はない。東シナ海ガス田問題もある。北方領土もロシア側のやりたい放題だ。3・11があった。政府は弱腰で、無為無策だ。北朝鮮のミサイル問題、核問題もある。日本は国際社会からなめられている〉――という集団的被害者意識のなかで、例えば、集団的自衛権の問題についてもう誰も論じない。憲法9条なんてもうほとんど存在しないかのような流れになっている。

逆に、「なめられてたまるか」という勇ましい声が勢いづいてきている。ミリタントな、なにやら好戦的な主張が、震災復興のスローガンとともに世の耳目をひき共感を集めたりしています。尖閣を東京都が買う、という石原慎太郎知事の発言もそうでした。「政府にほえづらかかせてやる」という石原発言にマスコミは喜んでとびつきましたが、尖閣を買って、その先をどうするのか、じつは大した展望がない。もともと衆議にはかっていない、いわば際物(きわもの)的構想であり、一昔前なら一笑に付されたものがいまは石垣市長が賛同したり、大阪維新の会府議団も支持表明したりと冗談ではすまない空気になっている。勇ましい発言をすればするほど大衆受けする時代がすでに来た気がします。

ミリタントな気分を誰がたきつけているかというと、政治家だけでなく、戦前、戦中もそうだったけれど、マスメディアですよね。マスメディアがさかんに笛を吹き、人びとが踊りを踊っている。テレビは視聴率がとれればいい、新聞も負けじと派手な見出しを立てて読ませていこうとする。もう一歩進んで冷静に考えてみるというのではない。それが事態をますます悪くしている。

大震災や原発事故のようなことが起きると、人間の情動は不安定になる。そんなときにもてはやされるのが石原氏や大阪市長の橋下徹氏のような論調。好戦的な論調に溜飲を下げる者が増え、支持を得やすいわけです。だからこそ新聞はそれにチェックを入れなきゃならないはずなんだけれども、その役割を果たしているとは思えない。やっぱり何度も言うけれども、ルース大使が被災地に行ったことや「トモダチ作戦」の多面性についてちょっと距離を置いた、分析的な報道をしたっていうのはほとんどない。沖縄2紙が写真を使わなかったりしたのが冷淡だとネットで叩かれたりしている。それが気持ち悪いんだよね、はっきり言って。

しかし河北新報(東北地方のブロック紙)なんかは、沖縄の問題と東北の問題には同質性があるという独自の報道をしていますね。僕は「同質性」には大いに疑問があるけどね。だから必ずしも全部が全部じゃないんだけれども、でも全国紙はどこもほとんど同じように「トモダチ作戦」絶賛、絶賛だからね。これは異様ですよ。

これは関係がないようで関係あると思っているんだけれども、複数の在京メディア関係者から実際に聞いた話で、福島第1原発の事故のときに当初からメルトダウンが起きたことは分かっていたと。でもメルトダウンという衝撃的な用語を使わせない空気が社内にあった。で、メルトダウンという言葉の使用をみんなで避けたと。それがしばらく続いた。そのことともね、どこかで関係がある。自己規制と自己矛盾ですね。「トモダチ作戦」なんて、何年も記者生活をやっていたら、あれを米側がただのフレンドシップだけでやるわけがないことぐらい、そんなことは常識でしょう。何らかの戦略的な目論みがあるはずだと取材し、分析し、報道するのが、ジャーナリズムの仕事の基本なんだけれども、それをしなかった。あれだけの窮状に遭って助けてもらっているのに、それにけちつけることはできないというセンチメントが優先されていった。背景には、憲法9条と日米安保という本質的に矛盾する言語を、2つながら、無責任に肯定している、受けいれているという「スキゾ」というか分裂症的無意識がある。そのしわよせを沖縄が負わされつづけている。40周年に際して、本土の戦後民主主義はこの人格分裂について徹底的に自己分析すべきです。その結果、憲法9条と日米安保が、意外にも「二卵性双生児」だったということになっても、この際、議論を深めるべきです。

にしても、言うべきことを言わず、なすべきことをしていない。期待された行為を行わないことによって成立する犯罪を「不作為犯」と言いますが、マスメディアもそうではないでしょうか。それが全体として新しいファシズムにつながっていく。今、この国には間違いなく、もう後戻りできないぐらいの勢いでおかしな気流がわいてきています。僕が驚いているのは、沖縄の市民に対する反発っていうのかな、反感みたいなものがほの見えること。彼らは東北の震災についてあまり考えずに自分たちのことだけ言っているといった、そういう発想が最近増えてきているような気がします。これはとんでもない間違いです。同時に、沖縄にも米軍基地反対が言いにくいといった自己規制の空気が生じていないかわたしは心配です。

(5)増幅する破局の予感
-辺見さんは震災前の2011年に執筆した「朝日ジャーナル」の原稿に、「大地震が起こる」「原発事故が起きる」「震災ビジネスがはやる」と言及していました。これはメディア状況を含めた破局の予感だったのですか。「何か切迫したものをこの10年以上ずっと感じてきた」とも言われていますが。

辺見 もちろんそうですね。それは予言ではなくて予感なんだけれど。最新の本の中でも、朝日ジャーナルに掲載した文章をそのまま収録しています。訂正はしません。僕は破局の予感というのを今ももっている。またもっと大きな震災は来るだろうし、新しいネオファシズム的なもの、この勢いは止まらないだろうと思っています。あれは実際に原稿を書いたのは震災前の2011年2月なんだけれども、基本的な変更は何もない。むしろあの段階よりも、今はすべてにもっとペシミスティックになっています。

-外形的に現象として表出する以前に、人々の内面に生じているもの、植え付けられているものを感じ取ったということでしょうか。それは、マスメディアあるいは国民全般に広くまん延しているものとして受け止めたのですか。

辺見 特にメディアは現象の表層的な部分だけを報じることが非常に強くなった。年々歳々ひどくなっている。被災現場へ行ったら、報道とまるで違っていたりする。地獄の中で一生懸命に美談ばかりを探す。かつての戦争報道でもそうでした。美談を誇張する。だから、「トモダチ作戦」は格好の材料だった。ルース大使の被災地訪問なんかもテレビにとっては格好の材料だった。真相が沈んでく。それに対してちょっと待ってくれと、あれは米国の作戦じゃないか、賛美だけするのはおかしいよ、という声を逆に抑え込んでしまう。そういう物理的な働きというのが今、あるけれども、それはかつてのような権力による弾圧ではなくて、自分たちの中にある。僕は「自己内思想警察」とよく言うんですけどね。自分の中に飼っている思想警察みたいなものが、一生懸命に自分を規制する。これが今、メディアにまん延している大変な病気だと思うんです。

-自己規制や萎縮は、マスメディアの宿命のようなところがあって、かつては戦争賛美にはしったこともあったわけですけれど、辺見さんが一線の記者のころと比較しても、この病巣の度合いは増していると認識していますか。

辺見 うん、ひどくなっているね。それはマスメディアの本質だと思うけれども、いまはひどすぎる。例えば戦争が近づいてくる、キナ臭くなると、反戦という方向に向かうのではなくてメディア挙げて好戦的になっていく。ナショナルなもの、国家主義的なものに訴えていく。これはほとんど宿命のようなマスメディアの流れだった。それに例外を探すのはむしろ非常に難しいぐらいだった。今はまさにその渦中にあると思うんだ。これからファシズムが来るというのではなくて、今その渦中にあると思うんです。

ところで、米軍が沖縄本島に上陸したのは、僕が生まれた翌年の昭和20(1945)年4月1日。そのときに高村光太郎という極めて有名な詩人が『琉球決戦』という詩を書いています。沖縄を考えるとき、これを僕はいつも思い出すんです。この詩で彼は、とにかく琉球決戦で沖縄を死守せよ、と書いている。昭和20年4月2日に高村がこの詩を書いたとき、硫黄島の日本軍は3月17日にすでに全滅しているわけですよ。米軍が沖縄本島に上陸したその時に誰が見ても日本軍は決定的に敗北している。もう負けるしかないという時期に書いているわけですね。

〈神聖オモロ草子の国琉球、/つひに大東亜戦最大の決戦場となる。/敵は獅子の一撃を期して総力を集め、/この珠玉の島うるはしの山原谷茶、/万座毛の緑野、デイゴの花の紅に、/あらゆる暴力を傾け注がんずる。/琉球やまことに日本の頸動脈、/万事ここにかかり万端ここに経絡す。/琉球を守れ、琉球に於て勝て。/全日本の全日本人よ、/琉球のために全力をあげよ。/敵すでに犠牲を惜しまず、/これ吾が神機の到来なり。/全日本の全日本人よ、/起って琉球に血液を送れ。/ああ恩納ナビの末孫熱血の同胞等よ、/クバの葉かげに身を伏して/弾雨を凌ぎ兵火を抑へ、/猛然出でて賊敵を誅戮し盡せよ。〉『琉球決戦』

詩というよりほとんどシュプレヒコールみたいなものなんだけどね。この詩を読んで涙流しながら死んでいった人も随分いる。

-沖縄を「頸動脈」とする表現は、その本体は日本本土であり、頭脳は首都東京であるという認識からくるものだと思います。政府やマスメディアが沖縄の戦略的重要性を強調するときに使う「地理的優位性」や「抑止力」という言葉と重なります。日本全体の防衛のために沖縄が存在しているかのような物言いです。沖縄が住民の生活空間であることを度外視していますね。

辺見 「国体護持」のためには沖縄を「捨て石」にしてでも戦おう、ということでしょう。ここで、沖縄と天皇制という問題も浮き彫りになる。これもいま改めて考えるべきテーマです。「琉球を守れ」って言ったって、琉球の人びとの命を守れ、ということじゃない。天皇陛下のために戦って死ね、と言っているのです。沖縄でもニッポンのためでもない、天皇陛下のために死ねと言うのです。換言すれば、「国体護持」のために、ほかでもないニッポンから死を強要されたのが沖縄なのです。この記憶をいわゆる「本土」はもとより沖縄の人びとも薄めてはいないか僕は気になるのです。「沖縄=捨て石」観は今の気分ともどこかでつながる。無責任はいまにはじまったわけじゃない。高村光太郎はおそらく、よく知りもしないのに、沖縄で絶対戦えと詩に書いた。高村はこの詩を戦後ものすごく反省した。でもメディアはしていない。高村一人の責任にはできない、と思うんですね。

ケビン・メアの件も、あの男一人のせいにすると日米関係を見誤るよ、と僕は言いたくなる。彼個人の人格、識見の問題はもちろんあるけれども、日米関係はたかだかあの程度 の人間にやられている人だよと思えば、そら恐ろしくなる。彼は軍政意識まるだしの人間だったわけでね。言っちゃ悪いけど、無知ですよね。無知蒙昧な男に任せてね、沖縄の人はあれを許すのかって思いますね。

あれは単純な舌禍事件ではなくて、彼のような異様な人物に代表されるアメリカ側の深層心理のあらわれだと思います。いわば占領軍意識。ゴーヤーもつくれない連中だっていう、下卑たコロニアルな蔑視。あれは日米関係というものを外交文書で言うのと違う、彼らのメンタルな面、ゆがみがよく出ていると思いましたね。それをちゃんと書かなければ駄目だと僕は思う。ケビン・メア事件は立派な特ダネです。でも今、事態は逆転していますね。彼の出版した本は売れて、メア氏はよかったってことになっている。あの報道を支えることが出来ない日本のジャーナリズムって一体何なんだって思うな。

(6)激変に無自覚な社会
-福島第1原発の事故検証も不十分な中、誰一人、責任をとろうとしないまま、政府は原発再稼働を画策しています。マスメディアの役割が機能していないともいえるのでしょうか。
辺見 資本とテクノロジーと人間の欲望とか弱さという近代の本質が、集中的に出ているのが原発の問題だと思います。近代は長くそれを隠してきたのですが、3・11の衝撃でみんなむき出されてしまった。しかし、むきだされた近代の断面をまだわれわれはしっかり正視していない。立ち止まって整理できていないって思うわけです。福島というものが単に精神、情念といったものだけで語られるんじゃなく、どういうふうに深くとらえ直して見るのかが問われている。

僕は近代全体を通して大きな枠から見てみたいと考えています。原発の問題というのは消費資本主義ときってもきれない。だから今、秘やかに政府側が考えているのはエネルギーの供給態勢の中で原発は必要だっていう考え方ですよ。だから段階を踏みながら再稼働を考えている。僕はそれについて世論もゆっくりした速度だけれども、当初の再稼働反対から、分からない、ないしはやむを得ないみたいな議論がどんどん増えていって、それをマスメディアが後押ししているように感じています。実際、夏場に停電騒ぎにでもなると、ますますそうなっていくだろうなって僕は見ています。

近代の崩壊から新しい時代に移る過渡期にある今は、この先何が起きるか見えないと思っているんです。だって現実に今、首都直下型地震が起きてもおかしくないわけだから。昨年の3月11日を起点にした情勢だけで、これからをはかることはできない。もっと3連続地震みたいなものを前提にしなければならないとしたら、原発とかの問題にとどまらない。一体、日本という国は人間が住むのに適しているのかどうかっていうところまで考え直さないといかんと。議論はそこまでいってもいいんじゃないかと思うんですね。女性の皇位継承問題が国家の大事なんてことを「本土」の新聞が書いてますが、それどころではないのです。

-マスメディアが抱える問題として「記憶の空洞化」があると思います。辺見さんは著書で「この国が長崎、広島というものを年中行事化したことで痛苦な記憶を空洞化してきた」とも指摘されています。8・6(広島平和記念日)や8・9(長崎原爆の日)を年中行事化したのと同様、沖縄の5・15(復帰記念日)や6・23(慰霊の日)そして3・11も主にメディアによって記号化されることで、「痛み」が空洞化していく懸念もあります。

辺見 忘却が一番恐いですね。やっぱり執拗に物事を覚えておかなければいけない。それが必要だと思うんだけれども、どんどん忘れ去られていく。事実関係もゆがめられていく。それで「トモダチ作戦」なんかでみんな涙流して喜んでしまう。本当は毎日毎日がドラスティックに変化しているんだけれど、それが自覚できない。それが一番危険なことなんじゃないかな。

メディアの責任は大きいと思います。ただ、メディアの責任といった場合、どうしても僕らは人格的に考えがちだけど、集合的な意識であって、誰も責任をとろうとしない。結局、僕は個体に帰すると思うんです、「個」に。つまり、わたしはどう考えるか。どう振る舞うべきか。自分はどう思うのか、どうするのかと。

〔後編〕 徹底的破滅から光(2012年4月11日掲載)

(1)露出した差別の構造
-阪神大震災のとき、作家の小田実さんは「棄民」「難死」といった言葉を盛んに用いました。沖縄と福島、あるいは東日本大震災の被災地にも当てはまる部分はあるでしょうか。

辺見 今回のテーマとして、沖縄と東北というのは、そのまま同質ではないんだけども、「サクリファイスの構造」としての近似性というのか、それはなくはない。米軍基地と原発。それが3・11で浮きたってきた面はあります。沖縄と東北がたどった道は、例えば東北の場合も国策に翻弄されてきた。歴史的には「白河以北一山百文」と言われたところです。日本の国の発展というのは本州西南部から進み、東北は一番最後。東北というのはもともと歴史的には独立した地域だったんだけれども、それが1189年の源頼朝の奥州征伐で局面が変わる。そこから東北の歴史というのが、いわば江戸や本州西南部に従属するものになりました。


沖縄の場合は薩摩藩の琉球侵略に始まりますね。それ以前は琉球王国として独自の政治、文化、言語を維持してきた。明治政府のもとで琉球が日本という「国家」に組み込まれていった一連の強制の過程、すなわち、1872(明冶5)年の琉球藩設置に始まり、79年の沖縄県設置にいたる過程で琉球王国は滅びた。「琉球処分」というこの歴史の根っ子を見ることなしに沖縄を語るのは困難です。サクリファイスの構造というのは必ずしも同質ではないけれども、近似性がある。高橋哲哉さん=東京大学大学院教授、今年1月に「犠牲のシステム 福島・沖縄」(集英社新書)を刊行=も指摘しているけど、沖縄の犠牲の構造、逆に言えば、沖縄差別の構造というのは、1609年の薩摩藩の琉球侵略から現在まで続いていると思います。無意識に沈潜していた東北、沖縄差別と犠牲の構造が3月11日で露出してきたというのかな。

さほど革新的な新聞とは言えない河北新報でさえ、東北と沖縄の近似性を指摘しはじめています。国策推進の中でサクリファイの構造をお互いにもっているということです。苦難の当事者になってはじめて気づかされたことは、中央政府は何もしない、国策遂行のためには「棄民」をするということです。東日本大震災から3ヵ月の昨年6月11日付河北新報は「中心に居ると、周縁が見えない」という書きだしで、国策に翻弄されてきた東北も沖縄も共助の精神を持ち、自立と自己主張が必要だという趣旨の社説を発表しました。注目すべき動きです。

-沖縄ではケビン・メア氏の差別発言だけでなく、沖縄防衛局長の「犯す前に犯すと言いますか」という発言もありました。これも防衛省という組織の体質を浮き彫りにしているように思います。沖縄はそうした言動を繰り返し浴びてきたので、県民は「またか」という受け止めです。震災を機に、沖縄と東北をつなげてとらえる思考が芽生えたという変化を感じる一方で、沖縄は東北、福島とも違う「構造的差別」を受けているという声も根強くあります。

辺見 沖縄と東北の差別には多くの異同があります。サクリファイスの構造というのはあるけど本質が違うし、深さも違う。原発は被災地の村長や町長あるいは知事も含めて、原発を呼び込んだのはあなたたちじゃないかというのがひとつある。東北の保守政治が中央政府を支えてきたこともあります。今になって被害者づらするのはオポチュニスティックという点もないじやない。原発を誘致し黙認してきたのに、突然に反原発派になるのには理由があるけれども、厳しい自省がもっとあっていい。原発の広告でテレビの番組をつくり、紙面をつくってきた日本のメディアと知識人。ここにも根源の反省はない。対するに、冲縄の米軍基地は沖縄が誘致したわけでは断じてないということです。見返り的に沖縄振興策と称してカネをばらまいて基地をのませていくやり方っていうのは、サクリファイスの構造として似た面はある。しかし同質ではない。サクリファイスの構造の深さ、長期性、過酷さにおいて東北と沖縄は本質的に違う。

-確かに最も大きな違いとして、原発は地元が誘致するかたちをとりましたが、沖縄の基地の大半は「銃剣とブルドーザー」で住民から土地を強制接収して造成された経緯があります。その差異も含め、深く考えることから見えてくるものはあるのではないかという気もします。

辺見 その通りですね。同質性だけを言うとしたら安直だと思います。確かに東京にいると、周縁、辺境というのが見えない。政治権力者は地方を政策遂行の客体、従属物だと見がちです。あるいは単なる票田と。そのような倨傲(きょごう)が強制という発想を生む。そうなのだけれども、責任主体の問題として、東北という地方は中央の単なる被害者か、犠牲者だったのかとなると、違う気がします。中央政治の加害を支える構造だって東北にはあったと思います。

-吉本隆明さんの論考は沖縄でも感化された人が多いように思います。中でも復帰運動の盛んな1969年に発表された「異族の論理」は沖縄でも論争を喚起しました。東北の人たちには、この「異族性」という感覚はないのでは、と思いますが。

辺見 ないですね。そこも明確に異なる。沖縄戦を見直したら、みんなすっ飛びますよ、はっきり言って。吉本さんは「異族の論理」で「本土中心の国家の歴史を覆滅するだけの起爆力と伝統を抱えこんでいながら、それをみずから発掘しようともしないで、たんに辺境の一つの県として本土に復帰しようなどとかんがえるのは、このうえもない愚行としかおもえない。琉球・沖縄は現状のままでも地獄、本土復帰しても、米軍基地をとりはらっても、地獄にきまっている」と指摘しました。いま、しみじみとそのくだりを思い出します。吉本さんが60年代末にそう揚言したことの意義は大きい。が、吉本さんが晩年もその考えを維持していたかどうかは分からない。沖縄をもともとどれほど切実に身体的に感じておられていたのか…。琉球・沖縄は、わたしにとっては、かっこうのいい理屈だけではすまない身体性のテーマであり、痛みの問題でもあります。

-日本軍が自国の住民を虐殺した事実というのは、日本本土では有り得ない、経験し得ない出来事としてとらえられるのではないでしょうか。

辺見 そこは、沖縄の人たちは身体で知っているけれども、本土の人間はそれを見まいとする。目をそむけ実相を知ろうとしない。基地問題でもなんだかんだ言うけれども、結局はあなたたち、我慢してくれと。現在の朝鮮半島情勢とか対中関係を考えたら、どうしても沖縄の基地は枢要であると。3・11以降は特にそんな考え方が勢いをつけてきている。

アリバイ証明としていろんな政治家が「沖縄詣で」をしている。首相とか防衛相とかね。しかしあれは、ただのアリバイ証明で結論は最初からある。協議次第では結論を変える気で沖縄入りしているわけではなく、政府案を承服させるために来ている。政府がこれほど礼を尽くしているのに、沖縄側はわがままで聞き入れてくれない、という世論をつくって、沖縄を再び日米軍事戦略の犠牲にしようとしている。僕にはそうとしか見えない。

-「沖縄詣で」に来る閣僚らの場合、外形的には頭を下げたり、腰を低くはしているものの、内実は暴力性を帯びた行動のように感じます。これは被災地を訪ねる政治家の行動原理と共通した面はあるのでしょうか。

辺見 そうですね、「沖縄詣で」は一見ソフトだけれど、実際には暴力的ですね。被災地を訪ねる政治家の行動原理と同じかどうか、一概には言えないけれども、「沖縄詣で」にはお願いどころか体のよい「強要」の気配がある。顔は沖縄ではなく本土に向いている。沖縄の意思より本土の世論を気にしているのです。

(2)痛みますます希薄に
-多くの人が亡くなった土地から生じる「におい」のようなものは、戦場と被災地で共通性があると考えますか。

辺見 謎ですね。戦場と被災地では、厳密には同じじゃないけれども、「死のにおい」はある。人がモノ化され理不尽に破砕された場所独特の空気がある。ただ、沖縄と違うのは、今回の震災も阪神大震災もそうだったけれども、復興という意味じゃなくて、悲惨なリアリティーをコーティングしていく速度っていうのは驚くほど速いですよ。それは単に外形的なことだけじゃなくて、記憶の薄め方も速い。メディアがそれを助けるからね。あの破滅的な状況の中で何か新しいものが立ち上がってくるのじゃなくて、前にあったものをまたすぐペイントで塗りたくって再現するみたいな速度です。それは沖縄の土地がずっと歴史的に染み付かせているようなものとは異質なものじゃないかな。震災で2万人が死んだり、行方不明になったりしているわけだけれども、僕はどうもその辺の痛みというのか記憶があきれるほど薄いと思っています。

石巻に行けば、夜、見ようによっては異界、あの世みたいな感じってありますよ。でもそれは沖縄とはまったく違ったものだと思う。沖縄に彫られた傷の深さは消そうとしても消えないルサンチマン(怨恨)につながると思うんだけれども、東北には根深いルサンチマンはない。原発をのぞけば、支配へのルサンチマンは薄い。確かに、個別には東北差別というのはあるけれども、それが全部じゃない。そういう意味では、サクリファイスの構造というものを、沖縄と東北を同一次元で定義するのはどうだろうかなっていう疑問を僕はもっています。それと違う文脈で、東北人も沖縄人も「素朴」だとか「実直」とかよく言われる。左翼や市民運動の人もそう言ったりする。あれね、僕は視線が浅いと思うな。差別的同情というのかな。

沖縄にはルサンチマンは薄くなっているけどまだあるし、もっとあっていいと思う。なぜかというと、それを消去したら、琉球処分という問題の根深さが見えてこないからです。それから、米国は琉球諸島を日本から切り離し、「防共の砦」として軍事基地の建設を進めた。1951(昭和26)年サンフランシスコ講和条約が締結され、日本は独立を回復したけれども、沖縄は引き続き米国統治下におかれた。そのときの本土の思想というのはどうだったのかということを、今改めて点検しないといけません。結局、沖縄を人間扱いせずに投げ捨てるというか、米側に提供したわけだから。僕が言うサクリファイスというのはそういう意味でもあります。どうぞと、いわば人身御供というか、供物として沖縄を差し出した。琉球諸島の将来に関する日本国天皇の見解、1947年の寺崎メモ(★)。これを現時点でもう一度、昭和史と沖縄の位置付けを見る上でしっかり光をあてる必要がある。長期間にわたる米軍の沖縄占領をエンドースするというか、天皇として認めるというのがある。沖縄の歴史って密約だらけです。なぜこうも密約がまかり通ってきたのか。昭和天皇自身の沖縄観にも「捨て石」という思考があったのではないか。

★寺崎メモ…マッカーサーは1947年6月末、東京での米国人記者との懇談の際、沖縄を米軍が支配し、空軍の要塞化すれば、非武装国家日本が軍事的真空地帯になることはない、との考えを述べた。この発言を受け、天皇は同年9月、側近の寺崎英成を通じてGHQに「米国が、日本に主権を残し租借する形式で、25年ないし50年、あるいはそれ以上、沖縄を支配することは、米国の利益になるのみならず日本の利益にもなる」とメッセージを伝えた。

(3)基地全廃いまこそ追及
-今の日本人は自分の命を捨ててまで国を守るという意識は溥いように思います。一方軍事や国防に関することは一部の専門家任せで無関心という側面も浮かびます。自分の身の回り以外の問題に対する関心の幅が狭いようにも思います。

辺見 命を捨てて国を守る意識って大事ですか? 僕はそうは思わない。この国が命を捨ててまで守らなければならないような内実と理想をもった共同体かどうか、国という一幻想や擬制が一人ひとりの人間存在や命と引き合うものかをまず考えたほうがいい。沖縄戦の歴史の中に正しい解答があるでしょう。それはさておき、ひと昔前にアメリカではやった、NIMBY(Not In My Back Yard)という言葉がありますが、米軍基地や原発がそうなんだと思います。基地も原発も必要、ないし必要悪である、だけど自分の家の近くに置かれては困るという思想。沖縄に対する本土の人間の考えの中にはNIMBYがある。

それと、国土の0.6%の沖縄に在日米軍専用施設の74%が集中している、というのがいつも枕詞になっているけれど、僕はここをもう少し踏み込んだところで論じ合っていく必要があると思っています。そもそも米軍基地の問題を、「悪の公平負担」という発想で沖縄県外にばらけさすことが最終的な解決策であるわけがない。つまり、軍事基地完全撤廃を言ってはなぜいけないのか。そうした観点から憲法9条をもう1回考えてみたい。9条はもう無効で不要なものなのか。わたしはそうは思わない。沖縄の問題というと、いつも普天間基地の固定化だけが問題にされる。あるいは74%の基地が集中していると。じゃあ次の問題はどうするのか、一、二歩踏み込んだ議論が若い人の間に起きないかなあって思います。軍事基地は日本には不要という仮説は演繹不可能なのか、あり得ないのかどうかということです。

若いころ、共同通信の記者だったとき、沖縄の記者たちと飲んだりした際に、沖縄で開催されるマラソン大会に自衛隊から協力の申し出があったけど断ったという事例を聞いて、さすがだな、沖縄は強いなって感心した記憶があるけれど、今はそれどころじゃないでしょう。本土の人間の沖縄に対する見方が変わってきているだけじゃなくて、沖縄自身の沖縄観も変わってきている。

自民党や民主党の一部から隠然と出ている議論として、自衛隊も海兵隊方式の機動部隊をもつべきだとか原子力潜水艦を4隻ぐらい保有すべきだ、戦術核もOKという考え方がありますね。憲法を改定し、日本も自主的にパワーゲームに参加しようという発想が増えている。わたしは中国に6年間駐在した人間として、その論理の非科学性に呆れて笑っちゃうんですね。正気かと。僕に対案があるわけじゃない。でも中国と戦争やるのか、ロシアと軍事力を競うのか。事実上、9条は機能していない。非核三原則だって危ない。武器輸出の原則も崩しつつある。そうしてこの国がいくら軍備を増強したって、あんなマンモス象みたいなのとどうやって対抗するのだと、その非科学性を言っているんです。9条死守より軍備増強のほうが客観的合理性を欠くのです。だから米国の軍事力に頼れ、日米安保を強化しろ、沖縄は我慢しろ、というのは絶対に違う。その逆です。身体をはった徹底的なパシフィズム(平和主義、反戦主義)が僕の理想です。9条死守・安保廃棄・基地撤廃というパシフィズムではいけないのか。丸腰ではダメなのか。国を守るためではなく、パンフィズムを守るためならわたしも命を賭ける価値があると思います。

僕には長かった近代の思想というのはもう終わりに来ているんだという自覚がある。主権国家体制、市民革命による市民社会の成立、産業革命による資本主義の発展とテクノロジー万能主義、国民国家の形成など、16世紀以降の欧州で誕生し、現代世界を価値づけてきた社会のあり方、枠組み、準則が崩れてきている。で、従来の帝国主義の実行主体の足場を奪う、新たな列強の覇権争奪が始まっている。何よりも中国。中国は革命の理想を完全にうち捨てた異様な軍事大国になった。途方もない貧富の格差、堕落した共産党の一党支配、公安警察の跋扈(ばっこ)と死刑の連発、人権弾圧…。一方でロシアの覇権主義、言論弾圧もますます露骨になった。チェチェンにはやりたい放題。そうした中で相対的に、米国の株が上がっていく。それと同時に、沖縄から発進して朝鮮、ベトナムであれほど人を殺した、あの米軍と今は違うんだみたいな錯覚がある。同じです。米軍は依然、世界最大の戦争マシーンです。アフガンでもイラクでも罪のない人をいっぱい殺している。

平和憲法も安保も無責任に肯定する本土の分裂症的病状への苛立ちから、9条なんかなくていい、改憲せよという短絡と暴論が最近目立ちます。わたしたちは実はいま、ショウダウン、対決を迫られているのです。平和か改憲か。沖縄の基地問題を語るときに、県外に公平に負担させようじやないか、というところ止まりで議論が終わるのでは全然駄目だよと思っています。もっとはっきりした基地の全面的な撤廃という「夢」を現実化する思考を命がけでつきつめていくべきです。沖縄の基地問題に政治技術的な「落とし所」なんて本質的にありえない。そのことを本土の世論は理屈だけでなく身体的にも担保しなければならない。

(4)虚妄に覆われた時代
-今から40年前に福島第1原発が営業運転を開始し、沖縄が本土復帰しました。高度成長期もバブルもあった、この40年というのは振り返ってどういう時代だったか。一線の記者、作家として時代を見てきた辺見さんの目にはどう映っていますか。

辺見 実は僕が共同通信に入社したのは1970年。その2年後に本土復帰。この40年ということを言われると、ひとことで言うと慚愧に堪えないという思いがありますね。理想のために闘い、何かをつくり上げてきたという思いはまったくないですね。今度の震災のこともあるけれど、自分の中ではどっちかというと崩壊感覚の方が強い。僕も学生のときにアメリカの原子力潜水艦反対のデモをやったり、横須賀へ行って空母の母港化反対とかのデモをやったり、警察に殴られたりして生きてきたわけなんだけれども、今なんか大歓迎でしょう。何という変わりようでしょうか。この40年というのは何か大事なものが実ってきたわけではなく、銭カネと引き換えに一番大事なもの、魂を売りわたしてきたという印象の方が強いですね。

僕にすれば沖縄の問題は外在する問題じゃなくて、日本という国の思想の成り立ちの上で決定的に重要なテーマなのです。この40年の虚妄と荒み。それを諸手を挙げて喜ぶという気持ちには全然なれない。

-安保も原発も背景には、米国との関係をうまくやって、経済さえ順調であればいいという主張にみんなが乗っ掛って思考停止してきた面があったように感じます。

辺見 安保だけじゃない、経済もみんなアメリカ頼み。そこから脱却して何か新しい社会、コミュニティーのありようってないのか、思想家も文芸をやる人間も見いだせなかった。それを敗北感として僕はもちますね。1980年代前半にわたしは米国に研修留学して痛感したのは、米国には、せいぜいよくても、爆弾を落とす側の浅い“良心”しかないということ。爆弾を落とされた側の地獄を知らない。それで僕は志願してハノイの特派員になりました。爆弾を落とされた側に立ってみて、世界像がやっと生々しく立ち上がった気がする。

9条とか憲法とかが抜け殻のようになってきた。これではまるで偽善者のお飾りです。それでも俺は9条を守るべきだと思う。憲法を俺は現在も有用であると考える。自己身体を入れこんでそう思う。同時に、有用なものを実行することができなかったのはなぜなのかと問う。お題目だけ唱えて、お国言葉で朗読してみたり歌ったりするだけで、闘わずに憲法を形骸化したのは誰の責任なのだ。復帰40周年といっても、沖縄の植民地的実態が変わっていないのはなぜなのだ、と問わなければならない。

ワイマール憲法下のドイツがナチスの台頭を許し、世界最先端と言われた民主主義が世界で最悪の独裁者を育ててしまった経緯には現在でも学ぶべき点があります。

-沖縄密約事件を、辺見さんはどのように見てこられましたか。

辺見 密約情報を得た西山太吉さんは権力と権力の意を体した「言論テロリズム」に撃たれたのです。あれ以降、ジャーナリズムは萎縮してしまい国家機密にかかわるスクープが政府の思惑どおりに激減した。新聞は西山さんを守りきれなかった、というより守らなかった。メディアっていうのは所詮そんなものだと言えば言える。でもその中でも、やっぱり西山さん的な「例外」というのが結局、歴史の暗部、真相を見せてくれたわけだから、権力の隠蔽工作に立ち向かう試みを棄ててはいけない。国家権力とジャーナリズムは絶対に永遠に折り合えないものです。折り合ってはならない。国家機密はスッパ抜くか隠されるか、スクープするか隠蔽されるか、です。記者の生命線はそこにある。いまは権力とメディアが握手するばかりじゃないですか。記者は徒党を組むな、例外をやれ、と僕は思う。ケチョンケチョンにやられるまで例外をやって、10年後、20年後にああ、あれはこんなに大きな意味があったのかと。というふうな取材をしたら、その段階ではくそみそに言われるよ。会社からも余計なことするなって言われる。誰もかばいはしない。ますますそういう時代になってきている。でも今ぐらい特ダネが転がっている時代はないと思うよ。権力がいい気になって調子にのっており、わきが甘くなっているからね。

(5)「肝苦りさ」闘いの原点
-日本には原発の安全神話、米軍の抑止力神話、経済成長神話があります。こうした神話を生み出し、はぐくんだ土壌とはどこにあったのでしょうか。

辺見 神話を信じているほうが、悩まなくてすむからね。自分の頭で考え、疑り、苦しみ、闘うという主体的営みの対極に神話はある。皇軍不敗神話、天皇神話もそうです。神話は、われわれの思惟、行動を非論理的に縛り誘導する固定観念や集団的無意識、根拠のない規範にもなる。とりわけわれわれは強大なるものや先進テクノロジー=善という「近代神話」に長くとりつかれてきた。その近代神話の頂点にあるのが原発だった。原発神話はほころびが出てきたけれども、まだ破られていない。米国的政冶と米軍という神話も、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争があって破れかけたけれども、破られていないどころか、また新たな神話が出来つつある。2011年3月11日の翌日から沖縄の精鋭部隊を含む米軍が被災地へ行くことによりまた米国と米軍の神話がつくられつつある。

人間というのはまさに度し難いというしかない。それはここに原因がありますというかたちでは言えないけれども、ただ全体として近代は人間というものを「よき存在」として前提するところに特徴があったと思います。そのよき存在である人間は神と動物の中間にあって、常に進歩していくんだと。人間集団には全体として狂気はなく、テクノロジーとともに退行することなく前進すると信じこんできた。「米国は善」という神話と米国の自意識はそうやって形成されてきました。

-「米軍神話」にどう向き合うべきでしょうか。

辺見 ひとつの試みとして、例えば普天間飛行場のようなものが米国内にあるか、と問うてみる必要もあると思います。そういう非人間的なことを君らは自国でやっているか、耐えられるかと。約3千人が亡くなった9・11の同時多発テロがありました。短絡的に比鮫はできないが、じゃああんた方、イラクとアフガンでどれだけ人を殺しているのかと問う必要がある。僕はソマリアやアフガンにも行って、この目で見てきたわけだけれど、ソマリアでは病院まで爆撃していた。理由を問うと、市民の格好をしたゲリラが逃げ込んだからという。アフガンでも民間人を多数殺傷する〝誤爆〟を日常茶飯事だった。戦争には実際の話、誤爆も〝正爆〟もありはしない。戦争マシーン化させられた兵士らの目には「人間」が見えなくなっている。米軍の夜間哨戒ヘリにも乗りましたが、動くものは反射的に撃ちますよ。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク、アフガン侵攻…おびただしい殺戮のすべてに沖縄の米軍基地が関係している。「トモダチ作戦」で錯覚してはいけない。

イラク戦争のときも、ほとんどの本土の新聞があの侵攻を肯定した。そのときに沖縄から兵士が行っているという痛苦な自覚がどれだけあったのか。何百万もの人が死んだ朝鮮戦争でも、米兵の死体を納める袋までつくって日本は儲けた。沖縄から向かった兵士も随分いる。戦後復興のために朝鮮半島の悲劇と沖縄を利用したのです。そういう肉体的自覚が本土の日本人にはあまりにもなさすぎる。全部ひとごと。で、平和憲法オーケー、安保もオーケーとくる。本当はすべてNIMBYなのです。9条の適用範囲は本土だけ、沖縄は適用外といった無意識が憲法擁護派にもある。もうそれでは通用しなくなったのです。

-東村高江のヘリパッド移設問題では、国が住民を訴える「スラップ訴訟」(市民参加に対する戦略的訴訟)を起こしました。座り込みなどの反対運動を展開した住民2人に対し、通行妨害の禁止を求める「高江ヘリパッド訴訟」の3月の那覇地裁判決は、男性1人に違法な妨害行為があったとして通行妨害禁止を命じました。

辺見 弱者に対して政府などの優越者が恫喝や発言封じなどのために報復的な訴訟をす るケースはこれからも増えていくでしょう。現代日本で司法がどれほど公正に機能しているか疑問です。一方にあるのは基地問題や自衛隊の問題にせよ、住民側から異議申し立てをするという表現様式は60~70年代までは、訴訟もありはしましたが、市民の側からの直接行動というかたちの意思表示の方がより多くありました。今はそれへの対抗手段として、国家権力という絶対的強者が住民という弱者を法的に訴え、脅し、見せしめをする。行動の細かな断片をとって違法と断じ、異議申し立ての重要性と関係なく逮捕、起訴、有罪とする。これを可能にしているのは、世論の弱さとマスメディアの無関心です。強者を救済し弱者を弾圧する。これはそもそも近代の法制上からも根本的におかしいところがある。

「スラップ訴訟」だけでなく、僕が危ないと感じているのは憲法第95条です。自民党の新憲法草案では、前文と9条だけではなく、第95条を変えようとしている。現行憲法では「一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない」となっているが、自民党草案では削られている。狙われているのは地方、特に沖縄です。彼らは国策を優先したいのですから「地方主権」は口だけのまやかしです。

心のどこかでそうなることを期待しているところもあるんだけれども、事態はどのみちもっと剥きだされてくる。無関心は許されなくなる。結局、他人事で済まない対決か闘争というのが、本土にも沖縄にも出てこざるを得ないのではないかと思っています。それはすでに欧州や米国、中東で始まっているわけだけれども。人間がもっとむき出されて非受益者層と受益者の落差、ひずみがひどくなって社会が闘争化していく現象は世界じゅうで起きている。日本にもいつかくるのではないかと予感します。好むと好まざるとにかかわらず、人間がどこかで余儀なく行動に訴える時期というのがあるのではないか、そういう契機があるはずだと僕はどこか期待を込めて思っています。このまま眠っているわけはないだろうと。

-今の若者の怒りには、底知れないものが潜んでいるように思います。

辺見 ありますね。怒りか屈折か、量りがたいものがある。はっきり敵を措定していたのが60~70年代だとしたら、今ははっきりした「敵」という概念がない。ときどき自分を敵にしてしまって、自分を殺してしまうということがあるけれども。

-「部分的な破滅では駄目だ」というのが辺見さんの見解ですね。

辺見 誤解を誘いやすい言い方なんだけれども、中途半端じゃ駄目だというのと同じなんです。新しいイデーというものが出てくるためには1回、完全に滅亡し崩壊しないと駄目だという思いがありますね。文学的直観にすぎないと言われればそうなんだけれども、徹底的な敗北の中からじゃないと新しいものは生まれてこないだろうなというのはある。中途半端なところで「復興」だとか「絆」だとか言っていたって、何も新しいものは出てきやしない。外形的ないろんな破滅、部分的な滅亡というのは今あるのだけれど、本当は一番大きいのは人間の内面の決壊、思想の破滅状況じゃないかと思います。

僕は戦後と一緒に生きてきた人間だけれども、生きてきた思想的、精神的枠組みというのは崩れたんだと思う。外形的な物の破壊ということよりも、その方が大きいんじゃないかな。近代が終わったという場合、近代というものの発想が終わったんだと。僕は詩も書くが、詩的テーマとして現代はむしろ古代化しつつあると感じたりする。今を部分的に切り取ると、原始に戻っているようなところがある。そういう観点を自分の感性をフル動員して深めないと、「現在」というのは描き得ないと思っています。

20代で初めて沖縄に行って教えてもらった最も印象深い言葉は「肝苦(ちむぐ)りさ」でした。いまでもあるでしょう? これ、本土にはない。言葉より前にその感覚が薄い。「断腸の思い」ではただの挨拶みたいで嘘臭い。ギリシャ語には「スプランクニゾマイ(splanknizomai)」という言葉があるらしいですね。不思議ですね。「スプランクナ」(はらわた)を動詞にしたもので、「人の苦難を見たときに、こちらのはらわたも痛む、かき乱れる」という身体感覚です。「肝苦りさ」――闘いの原点はここにしかない。

取材後記 「記者は独り」響く至言

約3時間にわたるインタビューの結びとして、辺見さんに「沖縄の記者たちにひと言」とお願いし、こんな言葉をいただいた。「常に例外的存在になれ、それが一番の贅沢なんじゃないか、記者という職能の一番の贅沢は、お前は一人しかいないってことだと思う。それに記者は独りだよ、徹底的に。みんなとつるんで、上とも横ともみんなと仲良くやろうとしても無理。考え方も独りで徹底すること。集団に隠れたらもう終わりだよ。集団に隠れないこと」。私の本棚には、辺見さんの著作がたくさん並ぶ。その中で最も古い1冊を持参し、サインを請うた。手元には「独考独航」の文字が残った。

(特別報道チーム・渡辺豪)

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