市民のML(CML)というメーリングリストに萩谷良氏の小沢信者批判についてという投稿がありました。その投稿をめぐって萩谷氏から批判された山崎康彦氏が同メーリングリストからの退会を表明するということがあり(萩谷氏は「「小沢信者批判」をしたのであって、山崎氏を批判したわけではない旨弁明していますが)、この問題をめぐってCML上で少しばかりの論争のようなものがありました。

 
私はこの論争のようなものの直接の当事者ではありませんが、同メーリングリストで私が用いた「小沢信者」という言葉が同論争のようなもののキーワードとなっており、かつ、その異論・反論の中で陳述されている「小沢氏評価」は事実に基づかないもの(すなわち主観的なもの)も多く、その「小沢氏評価」をそのまま放置しておくことは政治革新の課題を後退させることにもつながりかねないという大きな危惧もあり、私として傍観者的立場を保持することはできないものでした。

 
以下、私として傍観者的立場を保持することはできないものとして書いたものを記録としてアップしておきます。

 
萩谷さんの「小沢信者批判について」というご投稿をめぐってさまざまな異論・反論、あるいは肯定、否定の論が交わされていますが、その中には必ずしも事実に基づかない小沢氏評価もあるように見受けられます。その事実の誤認は事実の誤認自体の問題として正されておく必要があるように思います。それは小沢氏評価以前の問題というべきものだろうと思います。以下、私の気づいた事実誤認(及びその周辺の問題)のいくつかの諸点をピックアップして、なにゆえに私はそれを事実誤認というのか? その所以を明らかにしておきたいと思います。

 
その前に関口さんの指摘される「小沢信者」と「小沢信奉」という語のCMLにおける「初出」の問題に触れておきます。私が調べた限り「小沢信者」の初出はCML 005457(2010年8月31日)、「小沢信奉」の初出はCML 004846(2010年7月6日)です。ただし、CML 005457で用いられている「小沢信者」の語はきまぐれな日々ブログからの引用ですから、私自身の言葉として用いている「小沢信者」の初出はCML 005738(2010年9月26日)ということになります(関口さんの指摘されるCML 009925には「小沢崇拝」という言葉は出てきますが「小沢信者」の初出ではありません)。以下、その用例を摘示しておきますと次のとおりです(2012年3月末まで)。

 
【小沢信者】
■[CML 005457] (higashimoto takashi 2010年8月31日) 終りのはじまりとしての菅VS小沢の対決と妥協 民主党代表選をどう見るか
■[CML 005738](higashimoto takashi 2010年9月26日) 山崎康彦氏の「『小沢幹事長起訴相当』議決は検察審査会法違反」というJanJanBlog記事の誤りを指摘する
■[CML 006166](higashimoto takashi 2010年10月27日) Re: 相も変らぬ、そしてなぜかしら小沢礼賛を続ける市民たちのやりきれない無見識と非論理性
■[CML 006288](higashimoto takashi 2010年11月2日) Re: 最高検へ告発...ユーストリーム
■[CML 009453](higashimoto takashi 2011年5月8日) 福島第一原発事故以後 〈反原発〉の国民的怒りの波に便乗しようとする「研究者」なる者と著名人なる者の正味の正体(2) トンデモ学者武田邦彦の正味の正体
■[CML 015640] (higashimoto takashi 2012年3月12日)古寺多見氏(「きまぐれな日々」主宰者)の論攷「東日本大震災・東電原発事故1周年。原発再稼働の足音迫る」のご紹介(2-2)

 
注:そのほか前田朗さんと山崎康彦さんの論にそれぞれ1回ずつ「小沢信者」という語が出てきますが、私の論の引用としてのそれですから上記の用例の摘示からは省略しています。

 
【小沢信奉】
■[CML 004846] (higashimoto takashi 2010年7月6日)Re: 霞ヶ関の既得権は強固であり、事業仕分けでも小さなものしか出来なかった。
■[CML 005457] (higashimoto takashi 2010年8月31日) 終りのはじまりとしての菅VS小沢の対決と妥協 民主党代表選をどう見るか
■[CML 007023](higashimoto takashi 2010年12月23日) Re: そういえば東本氏、最近とんと音沙汰無し
■[CML 007528] (higashimoto takashi 2011年2月8日)名古屋市長選、愛知県知事選。そして東京都知事選―ポピュリズム政治にサヨナラするために―
■[CML 009925](higashimoto takashi 2011年5月29日) 「小沢一郎民主党元代表が語る『恐ろしい真実』!」という小沢信者の大ボラ

上記の用例の一覧を見れば一目瞭然ですが、「小沢信者」にせよ「小沢信奉」にせよ、あるいは「小沢崇拝」にせよ、その用例のすべては私の論が出自です。しかし、上記の用例を見ればこれも明らかなように私は意味もなく「小沢信者」、あるいは「小沢信奉」という語を使用しているわけではありません。上記のすべての用例には「小沢信者」、あるいは「小沢信奉」というほかない理由が示されています。したがって私はその用法が誤っているとは寸毫も思っていません。そのことを第一に明白しておきたいと思います。

第二に上記第一の問題と関連して石垣さんの山崎氏への「小沢信者」呼ばわり(萩谷氏は山崎氏を「小沢信者」呼ばわりしたわけではない旨述べておられますが、ここで述べることはそのこととは別様のことです)は「名誉毀損」「人権侵害発言」(CML 016507)というご批判はまったく当たらないご批判である、ということを申し述べておきます。

名誉毀損にしても人権侵害にしても、その摘示した事実が「公共の利害に関する事実であること」、また、「真実に合致」する場合は一般に名誉毀損や人権侵害は認められません(たとえばウィキペディア「名誉毀損」参照)。したがって、上記摘示の例に見るように私の論は「事実」に基づく「小沢信者」「小沢信奉」批判というべきものですから、その論を名誉毀損及び人権侵害ということはできません。石垣さんのご批判はまったく当たらない、ということです。一般に「意見には意見をもって対抗すべきである」というのがこういう問題の解決の原則です(同上)。

また、「小沢信者」「小沢信奉」という表現は、たとえば「コミュニスト」「トロツキースト」「自由主義者」「新自由主義者」「小泉ポピュリズム」「石原ポピュリズム」「ハシズム」などなど世に限りなくある政治的なレッテル貼りのひとつというべきものであってそれは表現の自由として認めらているものです(左記の例はマスメディアなどにおいても頻出する用法であることからもそのことは明らかです)。「小沢信者」という用法もそのひとつというべきものです。その表現の自由としての用法を批判されるいわれはないように思われます。なお、「小沢信者」という語をウェブ検索すると約3,030,000件もヒットします。いまや「小沢信者」という語は政治的な普通名詞とみなされるべきものです。その語の使用をもって名誉毀損、人権侵害などと批判するのはそういう意味でもまったく当たらない批判といわなければならないでしょう。

第三に山梨の佐藤袿子さんが「山崎康彦さまへ」(CML 016551)というご投稿で山崎氏について「あなたのように客観的に物事をとらえて発信してくださる方の貴重さを改めて認識しなおしました」と評価されていますが、この佐藤さんのご認識が決して「客観的」ではないことは上記に摘示している2つの例からも明らかだろうと私は思っています。ご検証ください。

■[CML 005738](higashimoto takashi 2010年9月26日) 山崎康彦氏の「『小沢幹事長起訴相当』議決は検察審査会法違反」というJanJanBlog記事の誤りを指摘する
■[CML 009925](higashimoto takashi 2011年5月29日) 「小沢一郎民主党元代表が語る『恐ろしい真実』!」という小沢信者の大ボラ

第四に櫻井智志さん(CML 016521)、豊間根香津子さん(CML 016530)、石垣敏夫さんCML 016532)の小沢氏を「対米従属でなく、アジア、中国、アメリカと等距離外交路線」(CML 016521)の人とみなす小沢氏評価も事実とは遠くかけ離れた主観的な小沢氏評価でしかないことも指摘しておかなければならないでしょう。

この点について2点論拠を示しておきます。

ひとつ目の論拠として菅氏と小沢氏の一騎打ちとなった2010年9月の民主党代表選の告示にともなう菅氏との共同記者会見の席上での小沢氏の発言を例としてあげます。この記者会見の席上で小沢氏は「今、自分の頭にあることを申し上げるわけにいかないが、沖縄も米国も納得できる案は、知恵を出せば必ずできると確信している」と普天間移設問題に関して県外移設の「腹案」があるかのような発言をしました。が、翌日に開かれた日本記者クラブ主催の公開討論会の席では「日米合意を尊重することに変わりはない」という前提を述べた上で「今、具体的にこうするとかという案を持っているわけではない」とあっさりと前日の発言をひるがえしました。このことは前日の普天間の県外移設に関して「腹案」があるかのような発言は小沢氏のハッタリでしかなかったことを如実に示しています。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/diplomacy/435592/(リンク切れ)

さらに上記で小沢氏の言う「日米合意を尊重することに変わりはない」とは、同合意が米国のアジア戦略を優先させた不平等合意であることが明らかである以上、これまでの対米従属路線堅持の姿勢となんら変わるところはないわけですから、その小沢氏の認識を「対等な日米関係」をめざしているとか「対米従属でなく、アジア、中国、アメリカと等距離外交路線」をめざしているなどと評価することも適切とはいえないでしょう。

もうひとつの論拠として政治学者の浅井基文さんの次のような指摘をご紹介しておきます。浅井さんは下記の論攷で2007年の『世界』11月号論文における小沢氏の「ISAF参加合憲」発言は日米軍事同盟体制の堅持を前提にした自衛隊の海外派兵容認発言というべきものであり、同発言は自民党幹事長時代からの小沢氏の持論の焼き直しでしかなく、小沢氏の日米同盟堅持、対米従属路線堅持の思想と姿勢は自民党幹事長「当時とまったく変わって」いないことを論証しています。小沢氏の日米同盟堅持、対米従属路線堅持の思想と姿勢は現在も続いている思想であり、姿勢とみなすべきものでしょう。小沢氏の認識を「対米従属でなく、アジア、中国、アメリカと等距離外交路線」をめざしているなどという評価は事実に基づかない評価というべきです。

民主党・小沢党首のアフガニスタンISAF参加合憲発言(浅井基文 2007年10月10日)
■『新保守主義-小沢新党は日本をどこへ導くのか-』(浅井基文 1993年、pp.110-136)

以上はとりあえずの「小沢信者批判について」をめぐるやりとりについての私の異論・反論です。

関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://mizukith.blog91.fc2.com/tb.php/422-e1996f7a