踏みにじられた沖縄=1965年 嬉野京子さん撮影


私は先のエントリでは今回の沖縄県知事選挙の結果を伊波氏の「惨敗」と見る見方は、「仲井真さんは伊波さんに大勝したのだから、〈沖縄の民意〉は仲井真氏支持にある」という類の論に結果として収斂していき、「〈沖縄の民意〉を代表する仲井真知事」という形の新種の仲井真擁護論を形成してしまうのではないか、という私としての拭いがたい疑念について述べました。

その私の疑念をいっそう明瞭に示すひとつの例として、共同通信の現役記者で2004年7月から2006年7月まで新聞労連の中央執行委員長を務めていた美浦克教さんの論を摘示してみようと思います。美浦氏は自身のブログ「ニュース・ワーカー2」において沖縄の現代史に無知の徒の論かとほとんど見紛うほどの天と地とをさかさまにした「新種の仲井真擁護論」を展開しています。そういうしだいで、私の第2の危惧は前便で述べた第1の危惧のバリエーションといってよいものです。

さて、美浦氏の論は次のようなものです。

今回の沖縄知事選で、米軍普天間飛行場の移設問題を争点として思い切って単純に図式化するなら、日本本土(ヤマト)で引き取れと訴える仲井真弘多氏に対して、伊波洋一氏は米国に引き取りを求めていました。仲井真氏の当選は、実はヤマトに住む一人一人の日本人に沖縄への差別を問いただす意味があると、わたしは考えています。/『米軍は米国に戻れ』という伊波氏の主張は『自分が嫌なものは他人(ヤマト)に押し付けるわけにはいかない』という発想をも含んでいるように思えます。そこには、本土の反戦・反安保の運動と連帯・共闘できる余地があり、必ずしも本土の日本人を追い込むものではありません。(略)対して仲井真氏の主張は日米安保を是としたうえで、沖縄が過度の負担を負わされ続けることへの抗議です。その抗議は、政府・民主党政権にとどまらず、沖縄以外のすべての日本人に等しく向けられているものと受け止めるべきです。

一貫して基地反対の革新の土壌から出てきた伊波氏よりも、元来は保守であり、自民党政権下では県内移設を容認していた仲井真氏の方が、今や日本と日本人に対してより厳しい立場に立っている―。わたしにはそういうふうに見えます。仮に仲井真氏の主張が一時的な便法で仲井真氏自身の考えは別のところにあるのだとしても、仲井真氏はその主張とともに知事に当選したのであり、主張は撤回できないし、しないでしょう。今回の知事選の結果は、いよいよヤマトの日本人一人一人に沖縄の基地問題をどうするのか、その覚悟を問うことに等しいと受け止めています。

上記の美浦氏の論をひととおり素読して、なによりも激しい違和感を覚えるのは、仲井真氏を「沖縄への差別を問いただす」人として描き、伊波氏を「沖縄への差別を問いただ」しえない人として描く美浦氏の論の立ち位置です。なにゆえに仲井真氏は「沖縄への差別を問いただす」人なのか? なにゆえに伊波氏は「沖縄への差別を問いただ」しえない人なのか? 私が美浦氏の論を天と地とをさかさまにした論と貶めるのはそうした激しい違和感が根底にあります。

美浦氏は言います。

仲井真氏の「日本本土(ヤマト)で引き取れ」という主張は「ヤマトに住む一人一人の日本人に沖縄への差別を問いただす意味がある」。また、「仲井真氏の主張は日米安保を是としたうえで、沖縄が過度の負担を負わされ続けることへの抗議」である。が、伊波氏の「国外移設」の主張は「必ずしも本土の日本人を追い込むものでは」ない。「本土の日本人の中で反戦、反基地、反安保の立場に立つ人たちにとっては、伊波氏の主張に象徴される沖縄の運動との連帯を表明することで、あるいは連帯の運動に参加することで、自らも主権者の一人である日本国が国家意思として沖縄に過酷な基地負担を強いていることへの後ろめたさを、多少は軽くすることができるかもしれ」からだ、と。

これほど天地をさかさまにした議論があるでしょうか? 「沖縄が過度の負担を負わされ続けることへの抗議」をする者がなぜこれまで普天間基地の辺野古移転、すなわち「県内移設」を容認してきたのか。仲井真知事はなぜいまだに「県内移設反対」とは決して明言しようとはしないのか。「沖縄が過度の負担を負わされ続けること」を容認してきたのは、またそうして「本土の日本人を追い込」んでこなかったのは、ほかならない「日米安保を是」とする稲嶺(2期8年)、仲井真(2期5年目)と続く歴代の沖縄の保守為政者たちではなかったのか・・・・。

伊波氏の「国外移設」の主張は、「普天間基地は『返還』であって、決して『移設』ではない」という彼の歴史認識からくるものです。伊波氏は次のように言っています。「最初にはっきりさせておきたいのは、普天間基地は『返還』であって、決して『移設』ではないということです。1995年に米兵による少女暴行事件があり、それに対して沖縄県民が激高し、復帰運動以来の大県民集会につながりました。そこで、沖縄の怒りを少しでも鎮めようと、世界で最も危険な軍事基地と言われる普天間基地の返還が決まった」。「しかし、その代わりの場所が必要ということで、名護市の辺野古案というものが出てきた。それが経緯です」(マガジン9「『沖縄』に訊く」2010年4月14日付)。「(政府が)『移設』(を条件としてきたこと)こそが、普天間の危険性を延長させている。そもそも、危険性を除去しようというのに新しい危険性をつくったら意味がない」。「(普天間基地は)『移設』先がどうのこうのとは関係なく、閉鎖・返還されなければならない基地だ。まさに無条件返還は、私たちの思いだ」(赤旗 2009年12月11日付)。

美浦氏の論は、本人の意図はともかくとして、「日本人に沖縄への差別を問いただす」だの「本土の日本人を追い込む」、「追い込むものでは」ないなどという私たち日本人におなじみの例のお涙頂戴式のレトリックを用いて普天間基地の「返還」の問題を「本土移設」の問題に矮小化させようとする論に、その果てには新種の「沖縄保守擁護論」、また「仲井真擁護論」となるほかないものです。

こうした巷説の類の論調がさも良質なジャーナリズムの主張でもあるかのごとくメディアの一角に居座る原因のひとつにはもちろん日米同盟深化論に血道をあげる退廃というも愚かなり、という状況下にある大手紙を筆頭とするわが国メディア総体の影響が大きいでしょう。また、佐藤優の例の沖縄に対する「東京の政治エリートがつくりだす構造的差別」論(弊ブログ2010年11月22日付参照)の影響、その佐藤を重用し続ける「革新」メディアとしての『世界』や『週刊金曜日』の負の影響も無視しがたいものがあるように思います。

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