3・11はおそらく誰にとっても「私にとっての3・11」論があるわけですが、とりわけ下記の2人の論者の「私にとっての3・11」論に心が魅かれました。おひとり目の論は太田昌国氏の「3・11から一年、忘れ得ぬ言動――岡井隆と吉本隆明の場合」。おふたり目の論は「きまぐれな日々」の主宰者の古寺多見氏の「東日本大震災・東電原発事故1周年。原発再稼働の足音迫る」。

おひとり目、太田昌国氏。

岡井隆と吉本隆明という太田昌国氏の心の中の知己のふたりの知識人への訣別のことばにとりわけ心が魅かれました。

■3・11から一年、忘れ得ぬ言動――岡井隆と吉本隆明の場合(太田昌国「現代企画室 状況20〜21」 2012年3月5日)
http://www.jca.apc.org/gendai_blog/wordpress/?p=251

おふたり目、古寺多見氏。

古寺多見氏の下記記事の「何かが似ている。そう、『政権交代』を求めた当時の世論と同じだ。『手段』であるはずの政権交代が『目的』と化し、当時の野党第一党の指導者・小沢一郎を信奉する『小沢信者』と呼ばれる人たちが出現した」(注1)といういまの脱原発運動の状況に対する「嘆き」(あるいは「叫び」)は、私の同様の「嘆き」(あるいは「叫び」)とその危機感の深度においてかなりの程度同調します。個々の状況、個々の事象に対する認識はもちろん異なることがあったとしても、です(注2)。私もこのところ「何かが似ている。そう、『政権交代』を求めた当時の世論と同じだ」、と既視感のような風景の中で嘆息していることが多いのです。「政権交代」のなれの果てがなんだったかについて多くの人が気づいているはずなのにいま同じこと(「脱原発」を主張しながら実質的な原発推進政党(注3)といってよいみんなの党や橋下・維新の会などに希望を託して矛盾を感じない)を繰り返している、と。

■東日本大震災・東電原発事故1周年。原発再稼働の足音迫る(古寺多見「きまぐれな日々」 2012年3月12日)
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1245.html

なお、おふたりの論は上記のURLをクリックしてじっくりご覧ください。長文になりますのでここでは転載しないことにします。

注1:「当時の」からはじまる後段の文はいまの状況として読み替えれば「『一部の『脱原発派』の『カルト化』(もしくは脱原発原理主義)とも呼ぶべき現象が出現した」ということでもあるでしょう。

注2:「あえて」という断り書きがありますが、それでも古寺多見氏の「加藤紘一首班内閣」構想論にはとりわけ違和感があります。保守勢力内での内閣交代では結局はいつか来た道を繰り返すことにしかならないだろうと思うからです。

注3:みんなの党が実質的な原発推進政党であることは3・11以後の昨年の3月31日にあった「日本からヨルダンに原子力技術を供与するための原子力平和利用協定締結承認案件」の国会での投票において全員賛成票を投じたことからも明らかです。また、大阪・維新の会の代表の橋下氏は大阪府知事時代に「つくる会」の歴史教科書を大阪府の全公立校で採択させようと再三試みていますが、その「つくる会」系2社の公民教科書の記述は「原発推進」で突出しています。このことは橋下氏は「脱原発」よりもつくる会の歴史教科書の採択の方に重きを置いているということを示しています。この点から見ても橋下氏の脱原発言説もポーズでしかないことは明らかです。
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