2010年12月5日、ひとりの女が死んだ。シム・タルヨン。享年83才。私の知らない女。名もない女。あの暴虐の時代に暴虐の生を生き、血を吐くようにして生きてきた女。Oさんから私のもとにその女の訃報が届きました。

皆さん、ご無沙汰しておりますが、悲しいお知らせです。

大邱在住のシム・タルヨン ハルモニが、12月5日にご逝去されました。肝臓癌のため、半年近くも大邱の郭(クァク)病院に入院されていました。

今晩(昨晩です)、お通夜に行ってきました。
日本政府から、公式の謝罪・賠償もないまま、次々と亡くなっていくハルモニたち。
涙があふれました。

明日(今日)朝10時に集まって、葬儀です。

以下の「故・シム・タルヨン(Sim DarYeon)ハルモニの生涯」の賦が式場に掲示されていたということです。

故・シム・タルヨン(Sim DarYeon)ハルモニの生涯

☆1927年 7月 5日
慶尚北道 漆谷(チルグク)郡の貧しい村に生まれる。

☆1939?1940年頃
12-3才頃、姉さんとともに山菜を取りに行って、日本軍に捕えられ、トラックにのせられ、台湾の慰安所に無理矢理連れて行かれ、暴行と精神的な衝撃により永らく精神疾患で苦労。解放後、韓国に戻ったが、何も記憶できず話もしっかりできなかった。ハルモニを理解したハルモニの妹が家に迎え入れて看護。過去の日本軍「慰安婦」被害の後遺症で、1997年子宮頸部癌の手術。

☆2005年
"女性のためのアジア平和国民基金"の非道徳性を知らせるために、第61次国連人権委員会の本会議会と国際NGOフォーラムで証言。国連人権高等弁務官に、日本の国連常任理事国進出に反対する国内外20万人余りの署名を伝達するなど、活発な活動展開。
心理治療プログラムとして園芸治療開始。
7年の間園芸治療しながら"花を愛するシム・タルヨン"という愛称で呼ばれ、フローリストとして活躍。以後、4回のアプファ園芸作品展示会と作品集『ハルメ(婆さん)、愛におちて1.2』の2冊発刊

☆2010年 6月末
肝臓癌で、(大邱の)クァク(郭)病院に入院

☆2010年12月 5日
享年83才で逝去

挺身隊ハルモニと共にする市民の会

石垣りんさんに「崖」という詩があります。その詩をシム・タルヨン・ハルモニの墓前に捧げます。




戦争の終り、
サイパン島の崖の上から
次々に身を投げた女たち。

美徳やら義理やら体裁やら
何やら。
火だの男だのに追いつめられて。
とばなければならないからとびこんだ。
ゆき場のないゆき場所。
(崖はいつも女をまっさかさまにする)

それがねえ
まだ一人も海にとどかないのだ。
十五年もたつというのに
どうしたんだろう。
あの、
女。

ありし日のシム・タルヨンさん


 

関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://mizukith.blog91.fc2.com/tb.php/40-b190d607