ここでは大阪の市井の人で、「落語とハンドメイド、そして平和を愛する3児の母」(自身のブログのプロフィール)であるゆりひななさんの「大阪を先頭に社会が流されていく方向を、『独裁』という言葉に閉じこめたらやばい」という問題提起を手がかりに橋下(ハシズム)現象を受容する側、すなわち当然私たちを含む市民への同じ市民としての説得力のある「ポピュリスト・橋下市長ノー」の発信のあり方はどうあるべきか、という観点からこの問題を考えてみたいと思います。

橋下人形と新自由主義の大実験 その1(「軒づけ日記」ブログ 2011年12月22日)
橋下人形と新自由主義の大実験 その2(「軒づけ日記」ブログ 2011年12月23日)
橋下人形と新自由主義の大実験 その3(「軒づけ日記」ブログ 2011年12月24日)
橋下人形と新自由主義の大実験 その4(「軒づけ日記」ブログ 2011年12月25日)

上記のゆりひななさんの記事は「橋下の本質を、独裁、という言葉でくくってしまうことへの危惧、そして橋下がお先棒を担いでいる新自由主義が放棄する公共性に対抗する新しい公共という対抗軸について、興味深い論考となっています」というコメントを付加されて「堺アピール」ブログ(2011年12月25日付)にも全文転載されていますが、同ブログ管理人氏のコメントに私も同感します。ゆりひななさんの論は、「よい」とか「悪い」とかいうイデオロギー(理念)の問題としてではなく、実際に大阪の庶民は橋下問題をどう見ているか、というラディカルな(「庶民」という根源的なものを基底にした)問題意識の上に立って展開されています。落語を愛する大阪人女性らしい観点と論点の提起だと思います。

しかし、ゆりひななさんの問題提起を検討する前に、私たちはもう一度「橋下大阪市長、府民支持7割」(朝日新聞 2012年2月21日)、「橋下市長の国政進出を期待する64・5%」(産経新聞 2012年2月13日)などなどのメディア各社の世論調査の意味するところについて思いを巡らしておく必要があるように思います。

あれだけの人権侵害も甚だしい戦前の特高警察も顔負けという体の「アンケート」という名の思想調査を業務命令の形で発令して恥じることを知らないポピュリスト・橋下市長への大阪市民と国民の圧倒的な支持にはただただ呆然とするばかりというほかありませんが、そうした異様な橋下人気を下支えしている、いや、それ以上に上げ底している大元凶がほかならないマスメディアの「橋下賛美論」「橋下改革者論」のオンパレードであったという事実。すなわち、この状況は、メディアが「状況の危機を危機として位置づけることができない」(辺見庸『単独発言』)で、逆に第3権力待望論をあおる(“ウォッチドッグ”(権力の監視者)としての役割の放棄)ことで一斉にジャーナリズムの言葉を失った日、辺見のいう“Day of Infamy”(屈辱の日)にたとえることができるでしょう。辺見はこうした状況を「今日的な日本型のファシズム」(同左)と名づけているのですが、そうした事実の意味するところについてです。

マスメディアを含む言論機関の権力への屈服は、私たちの国を後戻りのきかないポイント・オブ・ノーリターン(帰還不能点)のファシズム=十五年戦争の道に突き進ませる萌芽になったのですが、その言論機関の権力への屈服の契機になったのが1918年(大正7年)に起きた白虹事件(大阪朝日村山社長右翼襲撃事件)でした。この白虹事件について当時のインターネット新聞のJANJANに書いたことがありますので、該当部分を少しばかり引用してみます。

 
ゆふいん文化記録映画祭
ゆふいん文化記録映画祭で白虹事件に
ついて話す筑紫哲也さん(ゆふいん文化
記録映画祭プロデューサー 中谷健太郎
さん撮影)

当時、大阪朝日新聞(現在の朝日新聞の前身)は、大正デモクラシーの先頭にたって言論活動を展開していたのですが、その流れの中で、この米騒動も大々的に報じ、時の寺内内閣を追いつめていきます。が、米騒動に関する大阪朝日の記事の中に「白虹日を貫けり」という一句がありました。「白虹貫日」は中国の故事で「革命」を意味します。寺内内閣は、大阪朝日の報道を『朝憲紊乱罪』(天皇制国家の基本法を乱す罪)に当たるとし、同紙に『発行禁止処分』を下そうとします。これがいわゆる白虹事件といわれるものです。/白虹事件は、別名大阪朝日村山社長襲撃事件ともいわれます。白虹事件と機を一にして大阪朝日の村山社長が、新聞社からの帰途、中之島公園内で数名の右翼暴漢に襲われ、『代天誅国賊』(天ニ代リテ国賊ヲ誅ツ)と記した布切れを首に結ばれ、石灯籠にしばりつけられるという事件が起きたからです。このテロリズムを機に、大阪朝日は権力に腰の引けた報道をするようになります。権力とテロリズムに言論機関が屈服したのです。

このように言論機関の“ウォッチドッグ”としての役割の放棄はファシズムへの道へとまっすぐにつらなっています。そのことは私たちはすでに1941年から1945年までの4年間だけで戦闘員犠牲者174万955人、民間人犠牲者39万3000人(wikipedia「太平洋戦争」)という尊い犠牲の上にすでに経験ずみのことなのです。しかし、私たち「少国民」は、もはやそのことを忘れてしまったかのようです。その事態がいまのマスメディアの橋下人気の下支え、あるいは上げ底。「橋下賛美論」「橋下改革者論」のオンパレードなのです。

また、ポピュリズムとファシズムも一体のものです。上記の白虹事件の直接の原因は、同じ1918年(大正7年)に起きた米騒動の大阪朝日新聞の大々的な報道にありました。そして、その米騒動は「日本の歴史上最大の民衆運動」と位置づけられるもので、その後の1932年(昭和7年)の五・一五事件や1936年(昭和11年)の二・二六事件を首謀した当時の青年将校はその蹶起の理由を当時の大恐慌から続く深刻な不況に苦しむ農民、労働者の救済に求めました。政治家と財閥系大企業の癒着による政治腐敗が今日の貧困の原因であり、その政治腐敗を糺すために吾々は蹶起したのである、と。ここにも明らかにポピュリズムとファシズムの一体性を読み取ることができます。「あの時代」(ファシズムの時代)はポピュリズムとともに足音を忍ばせて忍び寄ってきたのです。橋下大阪市長の「暴力」性(「アンケート」という名の思想調査)はこのポピュリズム思想との連関性においても読み取っておく必要があるように思います。

だから、「橋下大阪市長、府民支持7割」(朝日新聞)という事態は「恐るべきこと」であり、「危険きわまりないこと」だといわなければならないのです。

(この項続く)
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