次に神戸(NO DU! 神戸)の前迫志郎さんの「Re: やってはならない、ずさんな瓦礫処理」という小論に対する私の反論的返信です。

前迫さんの論:Re: やってはならない、ずさんな瓦礫処理(CML 2012年2月6日)

前迫さんの論に対する私の反論

前迫さん

結局のところあなた及びあなたの主張を支持される人たち(一応猪飼周平氏の論にならって、そういう主張を持つ人たちを「避難論者」と呼んでおきます)の主張は、放射能で汚染された福島の地は捨てて、すべての県民は福島県外に避難せよ。国はすべての福島県民を県外に避難させよ、という主張だということになります。

しかし、現実にはそうしたあなた方の主張を実現させることは不可能というべきだから、たとえば児玉龍彦氏(東大教授・東大アイソトープ総合センター長)は「東電と政府は、放射性物質を飛散させた責任を謝罪し、全国土を1ミリシーベルト/以下に取り戻す覚悟を決めて除染予算を組む」こと及び福島県全土の徹底的な除染を提唱しています(「国土を守り国民とともに生きる5項目提案」(30/30頁 児玉龍彦)。

また、小出裕章氏(京大原子炉実験所助教)も、震災がれきの処理問題について「原発から排出された放射性物質はその本来の原発敷地内に戻すのが当然」という立場を貫きながらも、「各自治体は現在の焼却施設にきちんと排気系統に放射能を補足できるようなフィルターなどを取りつけた上で焼くことは私は受け入れざるをえない」という提案をしています(毎日放送「たね蒔きジャーナル」文字起こし ざまあみやがれい! 2011年12月22日)。

しかし、上記にいう「避難論者」の多くは、「除染」や「がれきの受け入れ」という言葉を聞くだけで強い拒絶反応を示し、「除染を推進している」という理由で児玉龍彦氏を早くから「御用学者」扱いし、最近では小出裕章氏も「がれきの自治体受け入れを容認している」という理由で「御用学者」扱いされることも多くなっています。少し前までは児玉氏や小出氏を「神様」扱いしていたにも関わらずです。

いまそうした彼ら、彼女たちの多くが頼りにし、彼ら、彼女たちの「避難」論の柱として依拠もしている人は、わが国の内部被ばく研究の第一人者の肥田舜太郎医師(95歳)です。しかし、その肥田氏も福島県の現実について次のように言っています。

だから福島でああいうことが起こっても、(略)どうしたらいいかというのは本人ができもしないこと、「遠くへ逃げろ」と「汚染してないものを選んで食べろ」と、みんなこの二つだけを言う。現地の人間で実際にそれをできる人は、福島県の人口の一割もいませんよ。もしみんなが移ったら、日本には行く所がありません。(「市民と科学者の内部被曝問題研究会:記者会見記録(その2) 原爆被爆医師の証言(肥田舜太郎氏)より。CML 014746)

その肥田氏も「避難論者」たちの「避難」論、「がれきの自治体受け入れ反対」論の構築に都合が悪くなれば、またしても「御用学者」の汚名を着せられる日も案外近いのかもしれません。

前迫さんは次のように言います。

そうしたら、フクシマの人たちはどうなるのか?/その前に、/何であんな環境に、人が、子どもがまだ居るんですか?/(略)1mSv/年を越える環境に何で人が子どもが、「11ヶ月も」居るんですか?/それが最大の問題だろうとは思いませんか?

ある「科学者」と呼ぶに相応しい人に聞いてみました。/200万人の福島県民は平均4人家族として50万世帯です。/この世帯に脱出費用と当座の新生活資金として500万円。/1年間の生活資金として500万円。/この合計1,000万円を、この50万世帯に仮払いしたとしたら、/天文学的数字で私にはよく判らないのですが、おそらく5兆円だと思います。この国の年間予算が40兆円ですから、そこから先ず1年、フクシマの避難希望世帯に5兆円を仮払いしたら、フクシマの人は脱出可能なのではないか?

おっしゃるとおり福島から脱出しようと思えば、5兆円の脱出資金を政府が融通してくれるというのであれば200万人福島県民の脱出は可能です。

しかし、猪飼周平氏の論の紹介のときにもすでに述べているように、200万人福島県民の多くは福島からの脱出を必ずしも望んではいないという世論調査があり、選挙結果があり、他県から福島へ再び還流するという人口移動の実態があるのです。

■原発震災に対する支援とは何か―福島第一原発事故から10ヶ月後の現状の整理(猪飼周平 2012年1月27日)
■猪飼周平さん(一橋大学教員)の論攷「原発震災に対する支援とは何か―福島第一原発事故から10ヶ月後の現状の整理」における問題提起に共感する(弊ブログ 2012年2月3日)

すなわち、たとえば「渡利小学校父母と教師の会によるアンケート調査」によれば、「少なくとも比較的積極的に現地に住み続けることを希望する人から、とりあえず住み続けようとしているひと、さらには避難を希望する人まで様々な人がそこに混在しており、積極的にせよ消極的にせよ多くの人びとは土地に留まることを選択しているという」事実が現として存在していること。

また、「このようなことは福島市だけで起こっているのではない。飯舘村は計画避難に対して最後まで抵抗したし、南相馬市では人口約7万人のうち6万人が一旦避難をしたと言われているが、その後順次人びとが戻ってきて、現在では5万人程度まで人口が回復しているとみられている。さらに、11月20日の大熊町長選では、帰還を訴えた現職が再選されている」という事実も現として存在していること。

上記の事実の存在を認めた上で、さらに福島の人々がその地にとどまることを選択していることについて「メディアが安全を煽っているために住民が避難の必要性を認識できないでいるのではないか」と考える人がいるとすれば、猪飼さんの上記の論の「3.福島において営まれている日常生活」の項まで読み進めてください。

そこで猪飼さんは、1)福島県内でも福島県産の食品は回避されている。2)書店では放射能から身を守るためのハウツー本がベストセラーとなっている。3)街中で小学生以下の子どもをほとんどみかけないなどの事実をあげた上で「これらの事実は、福島県民が放射線に関するリテラシーが低いという認識は事実ではなく、一般の国民より高いレベルで、放射線に関する知識をもっているというのが事実であることを示唆している。とすれば、福島の人びとは、そこに住むことが怖くないからそこに住んでいるのではない。そこに住まねばならない理由があるからそこに住んでいるということになる」と考察を深めています(そして、考察はさらに続きます)。

結論として猪飼さんは福島支援のあり方として、「今や汚染地域の汚染状況や放射線被曝のリスクについて最もよくわかっているのは現地の人々だということである。これは、地方自治の基本認識でもある。とするなら、よほどのことがない限り、基本的には住民の判断に基づいて支援策が構築されるべきである」という地域支援の基本原則を述べています。そして、私は、猪飼さんのこの考え方に賛成します。

いわゆる「避難論者」は、自らの「避難」の論を人道的な見地からの絶対不可侵の天賦人権の論のように錯覚しているところはないか? そして、その思いなしの過剰によって、結果として福島に現に住んでいる人たちの意向と考え方を軽視しているということはないか? 十分に反省的に考えていただきたいことです。
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