一橋大学で社会学の教員をしている猪飼周平さんがご自身のブログに「原発震災に対する支援とは何か―福島第一原発事故から10ヶ月後の現状の整理」という論攷を発表されています。

猪飼さんの論は「専門家としてではなく、自分自身でドブさらいや草むしりするだけでも少しは役立つこともあるだろうくらいのつもりで始めた」という一ボランティアの視点から福島の「現状」を考察したもので、それだけに「現状」を見る目線も地に這いつくばっていて少しも上ずったところがありません。もちろん、学究としてのなどという気負いも衒いも感じられません。自然体の論だと思いました。

猪飼さん自身、ご自身の立場を定義して次のように言っています。

「その意味では、この文章の著者の主要な属性は、有体にいえば、被災地福島の住民の代弁者としての資格をもたないヨソモノの1人であり、かつ原子力や放射線医学に関して専門性を持たないボランティアの1人ということになる。」

ただ、猪飼さんは次のようにも言います。

「私自身は、医療・福祉領域に関わるところで、生活を支援することの意味を理解する、ということを自分の研究テーマの部分としてもってきた社会科学者であるということもあって、福島を中心とする原発震災に遭った人びとの生活をどのように支えることができるのかという観点から、この問題を見てきたということはある。とすれば、もしかすると、私のような社会科学者としての背景を持っている人間だからこそよく見えるということがあるかもしれず、その場合には、私から見えている震災の構図を伝える努力をすることに多少の意味はあるかもしれない。私がこの文章を素人ながらに書いたのはそういう理由からである。この文章をお読みの方には、この点を踏まえてお読みいただきたいと思う。」

社会学者としての猪飼さんの視点にも私は共感するところ大です。猪飼さんの視点は社会学者だからこそのもの、と言い直してもよいかもしれません。問題になっている急所の掴み方が社会学的に鋭いのです。

特に猪飼さんが「2.汚染地域に暮らすか、離れるか」で考察されている部分に私は全面的に共感します。以下、同2の全文を引用します。猪飼さんが福島の「現状」を正確に分析して問題提起されている箇所です。脱原発論者こそ肝に銘じて読むべき猪飼さんの指摘であろう、と私は思います。

「2.汚染地域に暮らすか、離れるか

福島第一原発の事故によって、放射能汚染地域の住民は、汚染地域で暮らすことを選択するか、離れるかの選択を強いられることとなった。2011年10月の統計をみるかぎり、住民票を移した人びとの割合は数%に留まっている。これは、最終的に福島に戻ることを諦めた人びとの数がまだ少数であるということにほぼ対応していると考えられる。また、県外に避難した避難者数は、概ね6万人弱程度とみられている。全体として避難者は15万人程度とみられていることから、県内に避難した人びとが比較的多かったことが想像されるが、今のところ、避難者数を把握することは難しく、正確なところはわかっていない。また状況は時間の経過とともに変化してゆくとも考えられる。だが、いずれの指標をみても、それらは、ひとまず放射能汚染地域の住民の大部分が、避難もせずに現地に住んでいるということを示している。

この結果は、東京をはじめとする域外の人々にとっては意外なものだったといえるだろう。というのも、大手メディア情報などをみても、好んで行われてきたキャンペーンは、たとえば福島市の渡利地区(同市で大波地区と並んで最も空間線量の高い地域の1つ)の住民は避難したいのに避難できず、「自治体に見殺し」にされようとしている、といったものだからである。だが、渡利小学校父母と教師の会によるアンケート調査は事態がもっと複層的であることを示している。調査自体の技術的問題もあって含意を読み取りにくいが、少なくとも比較的積極的に現地に住み続けることを希望する人から、とりあえず住み続けようとしているひと、さらには避難を希望する人まで様々な人がそこに混在しており、積極的にせよ消極的にせよ多くの人びとは土地に留まることを選択しているということである。

このようなことは福島市だけで起こっているのではない。飯舘村は計画避難に対して最後まで抵抗したし、南相馬市では人口約7万人のうち6万人が一旦避難をしたと言われているが、その後順次人びとが戻ってきて、現在では5万人程度まで人口が回復しているとみられている。さらに、11月20日の大熊町長選では、帰還を訴えた現職が再選されている。

なぜ福島の人びとがかくも土地を離れないのか。この理由を知ることは、私たちが福島の人びとに対して何をなすべきかを理解する上できわめて重要なことだが、今のところはっきりしたことが言えるわけではない。ただし、それでもはっきりしていることはある。それは、被曝の危険という、土地を離れる強い動機づけにもかかわらず、多くの人びとがこれまで生活してきた地に依然としてしがみついているということであり、したがって、今次の原発震災へのアプローチは、このことを踏まえた上で行われなければならないということである。

私は福島を離れて避難や移住をした人びとが重要でないと言っているのでは決してない。にもかかわらず、私がここで福島に留まる人びとの存在を強調しているのは、特に、東京を始めとする域外で発言する人びとが、避難こそが「人道」に叶っていると考える傾向があるようにみえるからである。そもそも、今日の論争の構図である「避難か除染か」という2項対立自体、避難する人と留まる人が両方あるという前提を踏まえていない。そして、上のような避難論者は、少なくとも現状では少数派の選択肢に肩入れしている。とすれば、彼らは2重に実態を踏まえていないということになる。その意味では、私たちにとって、まず福島県の人びとが、「遊牧民」的な東京人よりははるかに「定住的」であるということを踏まえることが何より重要であるといえるだろう。」

注:私も猪飼周平さんとほぼ同様の問題意識、問題提起を下記で書いています。よろしければご参照ください。

私たちは「除染」問題とどのように向きあうべきなのか? (弊ブログ 2012年1月4日)
郷党意識とパトリオティズムについて(弊ブログ 2012年1月3日)
■「避難の権利」に関する意見への共産党からの回答(転載)と私の若干のコメント(弊ブログ 2011年12月24日)
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