東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』の著者の林田力氏が「小沢支持者批判者の心理構造」という「小沢支持者批判者」への批判を書いています。
中立を装いながらも中身はいつもの小沢擁護論者の亜流をゆく論にすぎませんが、福島第1原発事故への東電と民主党政府の責任の落とし前をつける参院選を翌年に控え、衆院の解散もうわさされる政治状況の中でかのような言いたい放題のでまかせの俗論を野放しにしておくわけにもいきません。反論しておきます。

林田さん

私は民主党に「左派」などいるとは思いませんが、それはともかく。

失礼ながら、あなたのご認識はすべてにわたって根底的に誤っていると思います。

第1。あなたは「小沢氏は鳩山・小沢ダブル辞任によって権力中枢から外れており、現時点の悪政の原因にはならない」とおっしゃいますが、まずこの認識が根底的に誤っていると思います。

小沢氏は民主党員資格停止の身分であるいまでも小沢グループ所属議員数130人という民主党内で最大の勢力を誇る同党内最大派閥集団の長です(最近時の民主党代表選挙時の日本経済新聞社の調査(2011年8月11日付)。同調査によれば、この時点の民主党内の他の派閥勢力は菅グループ約50人、前原グループ約50人、旧民社党グループ約40人、鳩山グループ約40人、野田グループ約30人、旧社会党グループ約30人)。いわゆる小沢裁判などの影響でその勢力に若干の陰りが見えてきたとはいえ、小沢氏がいまもなお民主党内の影の最大の実力者として権勢を振るっていることは世間の誰もが知る常識といってよい事項です。その小沢氏を「権力中枢から外れて」いるなどと到底みなすことはできません。

「現時点の悪政の原因」という点についても、「過渡的エネルギー」という位置づけだったそれまでの民主党の原発政策が「我が国の基幹エネルギーとして捉え」るという方向づけに転換したのは2007年のこと。すなわち、小沢氏が民主党代表時代のことです。民主党の「現時点の(原発政策における)悪政の原因」をつくったのは小沢氏その人だといってよいのです。

さらに週刊誌「AERA」(2011年4月25日号)の報じるところによれば、「民主党は東京電力の『電力総連』という労組から合計8740万円もの献金を受けて」います。その内訳は、「小林正夫議員4000万円、藤原正司議員3300万円、中山義活議員700万円、吉田治議員700万円、川端達夫議員30万円、近藤洋介議員10万円」。左記の5人の民主党議員のうちの藤原正司、吉田治の2人は小沢グループの議員です。おのれの派内の身内に判明しているだけでも少なくとも2人の東電=電力総連ヒモつき議員を抱えて、そのヒモつき議員を派内から除名するわけでもなく、また注意するわけでもない。その小沢氏が「現時点の悪政の原因」者ではないとはとてもいえない相談です。

第2。あなたの次の認識も誤っています。あなたは言います。

「小沢氏や小沢支持者の思想を熱心に批判した人物が、市民派から浜岡原発停止など菅首相の脱原発的政策が一定の評価を得るようになると『菅首相の脱原発はまがい物』的な批判がなされる。単に市民派から支持された人物を叩きたい批判のための批判ではないかとも感じてしまう」、と。

しかし、小沢氏批判と菅氏批判をコミにして論じてはいけません。小沢氏批判と菅氏批判はそれぞれ別物です。そして、小沢氏と菅氏の双方とも批判するのは、当たり前のことですが小沢氏も菅氏も批判に値することをしているからです。小沢氏が批判に値するという点についてはとりあえずは上記の証明でこと足りていると思います。菅氏が批判に値するという点については、すでにこれも何度も論じていることですが、たとえば菅氏が「脱原発方針を表明した日の翌日にトルコの首相あての祝電の中で引き続き原発の売り込みに意欲を示」(FNNニュース 2011年7月15日)したりするからです。その脱原発宣言はほんものではない、と批判するのは当然のことです。それぞれの批判には正当な理由があります。「批判のための批判」という批判はまったく当たらないそれこそ「批判のための批判」というほかないでしょう。

それよりもなによりもあなたの根底的な認識不足は民主党政権そのものについての認識です。民主党政権は、政権、政党として「原子力発電を積極的に推進する」「核燃料サイクルは、(略)確固たる国家戦略として、引き続き、着実に推進する」(「エネルギー基本計画」2010年6月18日閣議決定)と明確に原発推進政策を掲げている政権、政党です。さらに2010年の参院選では蓮舫(前内閣府行政刷新担当大臣)、北澤俊美(前防衛大臣)、江田五月(前法務大臣)、輿石東(現民主党参議院議員会長)をはじめとする48人もの民主党議員が東電=電力総連から推薦状をもらって当選している(女性セブン 2011年4月28日号)いわば東電=電力総連丸抱えのヒモつき集団といってもよい政権、政党です。そして、小沢氏も菅氏もその政党のトップ・リーダー(陰にであれ、陽にであれ)なのです。小沢氏だけが批判されて菅氏のみが批判を免れる、またその逆のこともありえないのです。小沢氏も菅氏も批判されてしかるべき政党に所属しているのですから両者とも批判されて当然のことといわなければならないでしょう。その根底のところをあなたは理解されていないようです。

第3。あなたは「小沢支持者批判に合理性があるならば『共産党や社民党などと票の食い合いをして共倒れする』という発想から説明できる」などとして、政党間の競い合い、また対立は本来政策、理念を競いあうカンパニア戦から生じるという政治論のよって立つ基本としてのアイデンティティの問題を等閑視して、もっぱら政党間の競い合い、対立の問題を「票の食い合い」の問題として説明しようとしていますが、これもあなたの政治というものに対する根底的な認識不足が為せる業といわなければならないでしょう。政党は「票の食い合い」を防止しようとして他党批判をするのではありません。批判をしなければならない諸点が他党にあると判断するから他党批判をするのです。これは政党間の当然な理論闘争の問題です。政党は「票の食い合い」を防止するという〈技術〉を争うのではありません。自らがよしとするそれぞれの政党の理念をぶつけ合って有権者にその信を問うのが本来の選挙のあり方です。政治、あるいは選挙は〈技術〉の問題であるかのように回収しては政治は死に瀕してしまうでしょう。いや、民主主義は死に瀕してしまうというべきでしょう。あなたは政治をその〈技術〉の問題として論じようとしているのです。認識を改めていただきたいものだと思います。

第4。あなたはさらに「革新政党からすると民主党や小沢氏は票を奪い合う競合になる」などとしてここでも政治を〈技術〉の問題、また〈合理性〉の問題として論じています。その論の陥穽も上記3に見たとおりです。
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