東京都教育委員会から不当な停職・減給処分、訓告処分、非常勤教員不合格処分を受けた3人の教師たち(根津公子さん、佐藤美和子さん、土肥信雄さん)の「独り毅然」として闘う姿を描いた話題のドキュメンタリー映画『"私"を生きる』(監督・撮影・編集/土井敏邦)の上映が1月14日から東京のオーディトリウム渋谷ではじまりました。これから全国各地でも逐次上映されていくものと思います。

このドキュメンタリー映画は『"私"を生きる』制作実行委員会の名で制作されたもので、その実行委員会とは違いますが『土肥元校長の裁判を支援する会』の賛同人には下記の注に見るような多くの学者、文化人が綺羅、星のごとく名を連ねています(下記の東京都の「元」高校教員のTさんの指摘をご参照ください。Tさんは「私たちが事実を発言したとき、会場には驚きと困惑の空気が流れました」という事実を報告されています。すなわち、綺羅、星のごとく名を連ねている学者、文化人諸氏は下記で増田さんが指摘されている事実を知らないまま賛同している? という大いなる疑問が生じます)。まさに満を持しての上映開始ということになります。

しかし、このドキュメンタリー映画『"私"を生きる』(監督・撮影・編集/土井敏邦)をこちらも満を持して批判する人がいます。やはり東京都教育委員会から不当な分限免職処分を受けた「元」(不当な処分ですのでその処分を認めないという意味をこめて「元」としています)中学校教員の増田都子さんです。

増田さんのドキュメンタリー映画『"私"を生きる』(監督・撮影・編集/土井敏邦)批判は次のようなものです。少し長いですが全文引用します。

この映画のキャッチコピーは、「『教育の統制』の巨大な流れに独り毅然と抗い、“教育現場での自由と民主主義”を守るため、弾圧と闘いながら、“私”を貫く教師たち」『日本社会の“右傾化”“戦前への回帰”に抵抗し、“自分が自分であり続ける”ために、凛として闘う、3人の教師たち』です。

しかし、上記した土肥元校長の『教育現場での』行動・実践、主張は、このキャッチコピーに反しているのではないでしょうか? 他のお二人、根津公子さん・佐藤美和子さんを描いた部分と違い、土肥元校長の部分はフィクション・ストーリーになっていませんか?

都教委の指示命令に抗うことなく従い「都教委との共犯者であったこと」を誇り、「都教委の指示命令を法令として遵守することは私のポリシー」と正当化している人物を「『教育の統制』の巨大な流れに独り毅然と抗い、“教育現場での自由と民主主義”を守るため、弾圧と闘いながら、“私”を貫く教師」、都教委と「凛として闘う教師」として映し出すのは、ブラック・ジョークではないでしょうか?

私は、この「ドキュメンタリー」映画の「完成前の最後の編集のために率直な意見を聞きたい」という土井敏那さんの意向を受けて開かれた明大での会議に出ました。そして、土肥元校長についての上記真実を伝え、「こういう描き方をすることは間違っているから、土肥部分はカットすべきだ」と率直に意見を述べました。

その時、土井さんは、かなり、感情的に言われました。

「そんなら、増田さんは、土肥さんにそれを確認したらいいじゃありませんか?」

私は「はぁ~~?」でした・・・大いにズレているこの回答・・・まるで都教委の小官僚サンみたいじゃないですか?(笑)

そこで、私は言いました。

「私は、確認しているから、もう確認の必要はないんですよ。確認するのは、あなたの仕事でしょう? 土肥さんに、私が言ったことが事実かどうか、確認するのは、あなたの責任です。

根津さん・佐藤さんは『民主主義に反し、間違っているから反対だ』と思うことは『できない』と表明し、その反対の心を真っ直ぐに実行・実践(行為)している人たちです。

でも、土肥さんは、彼女らとは正反対ですよ。『民主主義に反し、間違っているから反対だ』と言ってることとは正反対に、『民主主義に反し、間違っている』と言っていることを実行・実践しているんです。しかも、『法を守るのは当然』と正当化し、それを誇っています。どうして、根津さん・佐藤さんと同列に描けるんですか?」

しかし、土井敏那監督は聞く耳を持ちませんでした。なぜでしょうか?

ところで、上記のような意見を持っている人は増田さんばかりではありません。東京都の「元」高校教員のTさんも次のような<映画「私を生きる」私見>を述べています。

映画「私を生きる」について皆さんはどうお考えですか。

土肥校長が、10.23による職務命令を出し、したがわなかった教師を事故報告書提出により都教委に処分させたことをご存じですか。私はこれを解雇裁判の証人として出廷した土肥校長が証言しているのを直接聞いて知りました。

土肥校長は、職員会議採決禁止に反対し、「都教委に抵抗したたった一人の校長」としてもてはやされ、有名になっていましたが、どの報道にも「日の君」で教員を弾圧したことは省いて(?)あり、知らない人がほとんどでしょう。

この映画の;監督土井氏もそれを知らず、映画を企画し完成させました。私も増田さんと共にこの映画の試写を見ました。私たちが事実を発言したとき、会場には驚きと困惑の空気が流れました。私は土井監督による修正を期待したのですが無駄でした。


そのほかにも同様の意見を持っている人を私は数人知っています(私が直接知っている人は数人、という意味です。実際にはさらに多くの人が増田さんと同様の意見を持っている、と見てよいのだと思います)。そして、実は、私も増田さんとほぼ同様の意見を持っています。

根津公子さんや佐藤美和子さんも出演されていますから評価は難しいのですが、前提無条件に映画『"私"を生きる(監督・撮影・編集/土井敏邦)』を評価するわけにはいかないだろう、と私は思っています。

注:『土肥元校長の裁判を支援する会』賛同人
*上記で増田さんやTさんが指摘している事実を知らないまま賛同人になっていると思われる学者、文化人諸氏ということでもあろうと思います(下記の補足参照)。

藤田英典(立教大学文学部教授)、池田香代子(翻訳家)、小玉美意子(武蔵大学教授)、浪本勝年 (立正大学教授)、広田照幸(日本大学教授)、成嶋隆(新潟大学教授)、本田由紀(東京大学大学院教授)、天木直人(元駐レバノン特命全権大使、外交評論家)、高橋一行(明治大学教授)、上野千鶴子(東京大学大学院)、上原公子(前国立市長)、奥地圭子(東京シューレ理事長、東京シューレ葛飾中学校校長)、安藤聡彦(埼玉大学教員)、川上隆志(専修大学教授)、武田康弘(白樺教育館館長、哲学者)、堀尾輝久(東京大学名誉教授)、伊藤真(伊藤塾塾長・弁護士)、高嶋伸欣(琉球大学名誉教授)、最首悟(予備校講師)、尾木直樹(教育評論家、法政大学教授)、醍醐聡(東京大学名誉教授)、井出孫六(作家)、石坂啓(漫画家)、勝野正章(東京大学准教授)、西原博史(早稲田大学教授)、藤原智子(記録映画作家)、岩本陽児(和光大学教員)、喜多明人(早稲田大学教授)、佐貫浩(法政大学教授)、荒牧重人(山梨学院大学教授)、青木悦(教育ジャーナリスト)、高橋哲也(東京大学教授)、毛利子来(小児科医)、佐高信(評論家)、山本由美(和光大教授)、小森陽一(東京大学教授)、児美川孝一郎(法政大学教授)、平尾喜昭 (ZIN-SILボーカル、慶應義塾大学 3年生)、土井敏邦(ジャーナリスト)、斉藤貴男(ジャーナリスト)

補足
先の2012年1月16日にあった君が代斉唱時の不起立等を理由とした懲戒処分取消等請求訴訟における最高裁の分断判決(河原井純子さんの停職処分の取り消しと根津公子さんの停職処分の容認)について東京「日の丸・君が代」処分取消訴訟(一次訴訟)原告団・弁護団は声明を、日弁連と東京弁護士会はそれぞれ会長声明を発表していますが、そのどの声明も同分断判決について一応の批判をしているものの、その分断の肝心の中身の「根津さんへの嫌悪感に満ちた判決文。秩序を乱す人間については許さないという内容で、教育現場に息苦しい重圧をもたらすもの」(岩井信弁護士)と少なくない法曹関係者や教育関係者から危惧視されている今回の判決の最大の問題点については完全に沈黙し、「東京都の教育行政の暴走に歯止めをかけた」「一定の歯止め」「前進」「勝利」と同判決を全体として肯定的に評価しています。

しかし、このような判決では、分限事由を援用して、ある教員を国家=教育行政が「学校の規律と秩序を破壊する」と認定すれば容易に免職できるということになってしまいます。こういう教員については「一定の歯止め」がかかった判決には決してなりえない、といわなければならないのです。問題は、傍観者、あるいは批評家気取りのマスメディアではなく、「日の丸・君が代」の強制に反対し闘ってきた団体や弁護士団体が上記のような本質から遠く離れた判決評価しかできないというところにあります。今回の最高裁の分断判決は、その分断によって国家=裁判所がこの闘いの幕引きを図ったところにその最大の特徴と本質があります。上記のような民主諸団体の判決評価では国家ぐるみのこの策謀にまんまと乗ってしまうということにしかならないだろう、と私は思います。

問題の本質を理解しない支援運動という点では、私は、今回の民主諸団体の最高裁分断判決評価と土肥元校長の裁判支援運動(ドキュメンタリー映画『"私"を生きる』(監督・撮影・編集/土井敏邦)上映運動を含む)とは共通するところが少なくないように思っています(2月14日)。
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