先に私は佐賀大学物理学科教員の豊島耕一さんら日本科学者会議(JSA)福岡核問題研究委員会メンバー4人の「しんぶん赤旗と共産党は『避難の権利』を擁護すべきです」という同党と同編集局に対する要請文を本ブログなどに転載させていただき、そこで私なりのこの問題に対する若干の私見も述べておきました。

「避難の権利」を擁護すべきだ――日本科学者会議・福岡の核問題研究委員会メンバー4人が共産党へ意見書(2011年10月14日)
そして、共産党は、「『避難の権利』を擁護すべきだ」という福岡の科学者たちの要請にただちに応えるべきだ(2011年10月15日)

豊島さんの12月21日付けのブログ記事によれば、そのJSA福岡核問題研究委員会メンバーの上記要請文に対してこの12月16日、同党本部から回答があったということです。

下記にその共産党本部の回答を転載させていただこうと思いますが、同党本部の今回の回答は日本科学者会議・福岡の科学者たちの意見に直截かつ真摯に応えたものとして私は評価してよいものだと思います。また、内容的にも一応筋の通った回答になっているとも思います。いま「一応」と但し書きを入れたのは、それでも私には今回の共産党の回答に対しても依然として異議と疑義が残るからです。その私の異議と疑義のあるところを先に述べた上で、この問題に対する同党の見解を転載するという順序をとりたいと思います。

さて、その私の異議と疑義は、今回の共産党の回答の(2)に記されている「住民の判断による、いわゆる自主避難について」という一節に関わってのものです。同記述を見る限り、同党は住民の自主避難を<避難の権利>として第一義的な課題として認識するのではなく、副次的な課題(「も」的課題)として認識しているようです。その「も」的課題として「一刻も早く国が抜本的な支援と全面賠償を行うよう強く求めるものです」としているところに私は最大の異議と疑義を感じます<避難の権利>が副次的な課題として設定されている以上、その「抜本的な支援と全面賠償」を国に強く求めても、その主張も論理必然的に副次的な課題としての要求にならざるをえません。果たして<避難の権利>は副次的な課題にすぎないものなのか? というのが私が根本的な疑問とするところなのです。

これまでの国の一般の人の年間被曝限度量の基準は国際放射線防護委員会(ICRP)の1990年勧告を採用して年間1ミリシーベルト(一般公衆の低線量被爆のリスクを避ける目的をもってICRPが設けた基準)というものでした。しかし、現在の福島は、その多くの地域が政府のいう「帰還困難区域」「居住制限区域」「準備区域」の区別にかかわりなく「3ヶ月あたり1.3mSv」(「放射線管理区域」の定義。年間5.2mSv)を超える放射能に汚染された地域となっています。当該地域の住民がその放射能汚染地域から<避難>しようとすることはきわめて当然な正当防衛行為というべきであり、その住民の<避難の権利>はなによりも第一義的に保証されなければならない性質の<権利>というべきものです。

そうであるならば、本来、国(政府)は年間1ミリシーベルトを超える地域の住民にすべからく<避難>を呼びかける。さらにそのための避難先を国(政府)の責任として確保する・・・法的義務を負っていたといわなければならないでしょう。その第一義的的な倫理的、法的義務を政府はこれまでなんのかんのと理屈をつけて意図的にサボタージュしてきたのです。この政府の法律破りの意図的なサボタージュは共産党の綱領的課題としての国民の生命を守る立場からも本来厳しく非難されなければならないもののはずです。その<避難の権利>を上記に見たような副次的な課題(「も」的課題)としてしか認識しえない同党の現状認識のありようは、同党が批判する民主党政府(政治モラルの喪失も甚だしい)と結果として五十歩百歩の認識、また同じ地平に立った誤れる認識、と評価するほかないように私は思います。

もとより、「避難するかどうか」の問題は、同党もいうように「正確な情報提供のうえにたって住民の判断にゆだねられるべき」性質の問題であろうと私も思います。しかし、「正確な情報提供」以前の問題としてまずはじめに法治国家として国の法律を守り、放射能から国民の生命を守るという国(政府)の倫理的、順法的な決意の問題があるというべきです。その国(政府)の決意のないところでは「正確な情報提供」すらもありえません。このことはこの9か月間の政府の情報隠蔽、意図的な情報遅延の行いがよく示しえています。そして、まずはじめに法治国家として国の法律を守り、放射能から国民の生命を守るという国(政府)の倫理的、順法的な決意とは、いうまでもなく国(政府)の責任として年間1ミリシーベルトを超える地域の住民の避難を呼びかけ、その避難先を確保するということだったはずです。<避難の権利>の問題はこの延長線上の問題としてあるのです。私たちはそのことを忘れてはならないと思います。

除染の問題は、まずはじめに(その前に)被災地住民の根源的、基本的な権利の問題として、また政府の責任の問題として<避難の権利>の問題があるという前提と認識の上に立って計画されるべきものでしょう。まずはじめに「除染ありき」ではないはずなのです(たとえいまこのときにもおよそ200万になんなんとする福島県民が同地に留まっているという現実があるとしても)。

しかし、いまこのときにもおよそ200万になんなんとする福島県民が同地に留まっているという現実、放射能をなんとか制御、克服しながら同地でずっと暮らしていきたいと考えている福島県民が多くいるという現実は抜き差しならない現実として私たちの面前にあります。チェルノブイリの例を見ても原発被災にあってもなお同地に留まっていのちき(大分弁で「暮らし」「営み」のこと)を続けてきた住民は多いのです(当時のこととして原発事故後も約600万人の人々が放射能汚染地域で生活していたといわれていますが、いまも相対としてそれほどの変化はないでしょう(今中哲二『チェルノブイリ原発事故の調査を通じて学んだこと』p81)。こうした郷党意識(一種のパトリオティズム)は世界共通のもので、おそらく今後も福島の地においても変わらない郷党の意識として残り続けるでしょう。

そうであってみればなおさら、除染の問題は、その被災地の人々のために、そして、福島の復興を真に願っている福島、被災地各県の人々のために私たち国民の英知を尽くして全国民的課題として必ず確実に取りくまれなければならないものです。この課題も待ったなしです。完全な除染などありえないから来年度予算を含めて1.2兆円にもなる国の除染費用は無駄な経費。除染費用は転居費用に移行させるべきであるなどと主張する人たちがいますが、<避難>と<除染>の問題は一応切り離して考えるべき問題です。この人たちの主張は、いまもなお福島の地に留まっていて福島の「復興」を心の底から願っている被災地住民の切実な願い、切実さを超えた切実そのものである願いなどおのれの脱原発原理主義(とでも名づけたい気が私はしています)ともいうべき主観の前には思いも及ばない人たちの非現実的な空理空論というほかない主張といわなければならないだろうと私は思っています。

その意味で共産党の除染に関する主張を私は支持します。

除染については上記にいう脱原発原理主義者には評判はよくないようですが、児玉龍彦東大教授の下記の「国土を守り国民とともに生きる5項目」の除染に関する提言はおおいに参考になるもののように私は思っています。

■児玉龍彦教授講演会「放射線と健康、そして除染―こどもと妊婦を守るために―(IWJ 録画日時:2011/12/03)
http://www.ustream.tv/recorded/18899927
http://kodomofukushima.net/index.php?key=jowci5t7l-167#_167

児玉教授は現在の原子力安全委員会を根底的に再編し直す(現在の原子力安全委員の全員のクビを切る。現在の原子力安全委員会を擁護する政治家、政党のクビも切る)ということを大前提にして、政府が全国土を1ミリシーベルト/以下に取り戻す覚悟を決めれば1ミリシーベルト/以下にする除染は可能であるという立場をとっています(除染期間は何十年、百年単位の期間に及ぶだろうという考え方のもとで。児玉教授のいう「覚悟」とはそういうことのようです)。

●国土を守り国民とともに生きる5項目(上記ビデオ1:32:18頃~)
(1) 東電と政府は、放射性物質を飛散させた責任を謝罪し、全国土を1ミリシーベルト/以下に取り戻す覚悟を決めて除染予算を組む(線量が高いところの家は壊し、木やその他を根こそぎ除き、表面土壌とともに除去するという「完全撤去型除染」を含む)。
(2) 全食品を検査できる機器を開発し、厳格な安全基準を決める。
(3) 常盤自動車道(広野―南相馬間)を半年で開通させる他、20km圏内の道路、森林の林道整備をすすめる。
(4) 森林バイオマス発電を基礎に復興をすすめる。
(5) 高線量地区住民の新しい町への移転の推進。

京大原子炉実験所助教の小出裕章氏の除染の考え方は「除染は完全にできない」というものですが、小出氏はそれでも被災地の「復興」のためのできうる限りの徹底的な除染の提唱者でもあります。理論的な除染の方法論では小出氏と児玉氏の考え方は類似しているというのが私の見方です。この点については改めて稿を起こすこともあると思います。

長くなりましたが、以下、JSA福岡核問題研究委員会メンバーの上記要請文に対する共産党の12月16日付け回答を載せた豊島さんのメールの転載です。

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佐賀大学の豊島です.10月14日の投稿で紹介した次の意見に対して,今月16日に回答がありました.公表可とのことなので,そのまま転載します.
[abolition-japan][01452] 共産党は「避難の権利」を擁護すべきだ[uniting-peace][17882] 共産党は「避難の権利」を擁護すべきだ

私のブログにも転載しています.
http://pegasus1.blog.so-net.ne.jp/2011-12-21

JSA福岡核問題研究委員会メンバーのみなさんへ

 みなさんから「しんぶん赤旗と共産党は『避難の権利』を擁護すべきです」とのご意見をいただきました。
以下を私たちの回答といたします。

(1)みなさんも心を痛めているように、東京電力福島原発の事故によって深刻な放射能汚染がひろがっています。国民、とりわけ、放射線感受性の高い子どもの健康をまもることは、日本社会の大問題です。そのため、日本共産党は、三次にわたる「大震災・原発災害にあたっての提言」にくわえて、「福島原発事故による放射能汚染から、子どもと国民の健康を守る対策を」との提言(8月11日)を発表し、政府に実行を求めています。この全文もぜひご覧ください。
http://www.jcp.or.jp/web_policy/2011/08/post.html

(2)みなさんがいう「避難の権利」が、「避難をした場合に十分な支援と賠償をうける権利」を意味するなら、憲法が保障する幸福追求権(13条)、生存権(25条)にてらして当然のことだと考えます。それは、自主避難であっても同様に認められるべきです。私たちは、「提言」のなかで「住民の判断による、いわゆる自主避難についても、必要な生活支援と東京電力による賠償が行われなければならない。とくに、子どもや妊婦の避難には特別の配慮が求められる」と、明確にのべています。多くの人々が長期の避難生活を強いられ、将来の展望もみえず、心身ともに疲れ果てているなかで、一刻も早く国が抜本的な支援と全面賠償を行うよう強く求めるものです。
 同時に、「避難の権利」を認めるからと言って、「警戒区域」「避難区域」に指定された地域以外の住民に「避難すべきだ」と求めることは、適切でないと考えます。避難するかどうかは、正確な情報提供のうえにたって住民の判断にゆだねられるべきです。
 それは、避難すれば、放射能の不安から逃れることはできたとしても、別の深刻な困難をかかえる人が多数いるからです。家族や友達が離れ離れになってしまい、そのストレスは子どもの心に少なからず悪影響をもたらします。その地で長年築いてきた仕事や営業・営農を手放すことは苦渋の選択です。多くの住民が避難をせずにとどまりながら、放射能汚染から身を守るために懸命の努力をしているという現実があります。この人々にも、幸福追求権や生存権にてらして国に支援を求める権利があります。
 避難をした人も、避難しない選択をした人も、避難したくてもできない人も、ともに連帯を強め、国と東京電力に責任をはたすよう求めていく世論と運動をひろげることが大事ではないでしょうか。
 私たちが12月13日に開いた第4回中央委員会総会では、「自主避難も含めて避難された人々と、現地で暮らし続けている人々の双方に対して、生活と権利、健康を守るための万全の対策を等しくとることを、政府に強く要求します」として、徹底した除染と全面賠償を政府に行わせるため、全力をあげることを明らかにしました。「提言」も、こうした立場から発表したものです。

(3)みなさんは、「しんぶん赤旗」が「除染が決定的です」と報じたことなどをもって、「除染のみを一面的に喧伝し」ていると非難していますが、大きな誤解だといわねばなりません。
 国民、とくに子どもたちの命と健康を守るために、また、避難している人々が一日も早く故郷に戻れるようにするためにも、今なすべきことは、私たちの「提言」が「放射能汚染の規模にふさわしい除染を迅速にすすめる」とした具体的な措置をすべてとりきることです。「しんぶん赤旗」が、その立場から「除染が決定的」と報じるのは当然のことでしょう。
 福島事故での汚染の調査と除染は、規模の面でも方法についても、人類が経験したことのない挑戦であり、国が本腰をいれて責任もってとりくむべき一大事業です。みなさんは「除染の効果が現時点で限定的」といいますが、本格的な除染が行われていない段階で「効果が限定的」と断言するわけにはいきません。汚染土壌の表層5cmを剥ぎ取るだけで線量が半分以下になり、農地の果樹も高圧洗浄で線量が半減することは、すでに実証されています。1回の除染では効果が少ない場合や、効果をあげても再び線量があがる場合には、除染方法の改善や面的除染へひろげるなど、さらに効果をあげる努力が必要になってきます。大事なことは、あらゆる英知を結集して、本格的な除染、効果のある除染をやりとげることです。
 そのためには、除染のための大きな財源確保や汚染廃棄物の「仮置き場」の確保も必要になります。財源の確保は、「原発埋蔵金」の活用や「原発利益共同体」の負担によって可能と考えますが、国の除染費用は来年度予算を含めても1・2兆円にすぎません。「仮置き場」も住民合意を貫きながら国の責任で行うべきなのに、なかなか決まっていません。政府の対応があまりにも不十分で無責任なことこそが大問題なのです。
 除染の作業を、内部被ばくを防ぐ方法で行うべきことも当然のことです。「提言」は、「内部被ばくを避ける作業方法などの相談や援助を各自治体が行えるよう、国が支援する」ことを求めています。
 なによりも、本格的で迅速な除染は多くの福島県民の切実な要求です。10月30日に「オール福島」で開催された集会でも、浪江町町長の馬場有さんは「一日も早く除染して、元の生活に戻してほしい」と訴えています。国と東京電力の無責任な姿勢を変え、除染と賠償に責任をはたさせるために、いまこそ国民が力をあわせるときではないでしょうか。私たちは、そのために全力をつくします。

               日本共産党
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