社会批評社小西誠さんが「フクシマ『死の街』発言の是非 ――『フクシマ・ゴーストタウン―全町・全村避難で誰もいなくなった放射能汚染地帯』の取材・編集にあたって」という論攷()をご自身のブログにアップされています。フクシマの今後(10月~年末)の重要な争点となると思われる重要な指摘、問題提起だと思いますし、かつメディア批判としても重要な視点の提起となっていると思いますので、弊ブログにも心すべき論説資料として転載させていただこうと思います。
 
社会批評社の小西です。
下記の問題をブログに投稿しましたのでご覧いただければと思います。

フクシマ「死の街」発言の是非 ――『フクシマ・ゴーストタウン―全町・全村避難で誰もいなくなった放射能汚染地帯』の取材・編集にあたって

「死の町」問題は、終わっていない
 鉢呂元経産相大臣の「死の街」発言を巡る辞任騒動は、政府やメディアでは問題が終わったかのような状況になっている。だが、この問題は、これからが重要な局面を迎える。というのは、この9~10月、政府は原発被災地域の緊急時避難準備区域の解除―避難民の帰宅を推し進めようとしているからだ。「死の街」発言による鉢呂氏の辞任劇も、問題の本質はここにある。つまり、「死の街」と化した原発被災地域に一旦避難した住民を戻すことは、あり得ないからだ。だから、政府・メディアにとって、「死の街」とは絶対認めてはならないのである。

フクシマ避難地域はゴーストタウンだった
 だが、フクシマの警戒区域・計画的避難区域などは、「死の街」―ゴーストタウンと化しつつあることは、現地を観てみれば、紛れもない事実だ。私は、上記の『フクシマ・ゴーストタウン』を編集・取材するために、著者の根津進司氏とともに、この8月、警戒区域などに指定されている、フクシマの11市町村をめぐり歩いた。特に、警戒区域、20キロ圏内とされ、立入禁止区域にも指定されている、南相馬市小高地区などにも行ってきた。

 この警戒区域内は、文字通り、人一人いない区域だ。人だけではない。イヌもネコも、家畜もまったく見かけない、ゴーストタウンという以外に言葉が見つからない所だ。まるで、人類が絶滅したかのような街々であった。警戒区域内だけではない。葛尾村・川内村・広野町・都路町などの計画的避難区域も、人も動物もほとんど見かけない村々である。これらの地域は、従来であれば今頃は、田畑に稲や高原野菜が実り、緑豊かに育っている地域である。ところが、これらの村々の田畑は荒れ放題、雑草が一面に覆い茂っているという悲惨な状態だ。

厳戒態勢の警戒区域・20キロ圏内
 そして、この警戒区域・計画的避難区域についていえば、このゴーストタウン化した実態を押し隠すためか、政府はこの地域を完全に封鎖し、全国から動員した機動隊を使って検問態勢を敷いている。これは現場を見れば明らかだが、まさに「戒厳態勢」「戒厳態勢」というのがふさわしい(この事実をなぜかメディアは報じない)。

9/17付朝日新聞の主張に反論する
 昨日の朝日新聞のコラム「記者有論」―死の街騒動―で、小寺陽一郎記者は、以下のように主張している。 「先日、福島第1原発の2キロの所まで取材に入ったが……『死』という言葉を一度も連想しなかった。……原発の復旧に向かう車列、空き巣を警戒する警察官……そこには、いつか帰れる日のために働く人たちの姿があった。町は決して死んでいない」と。

 これが今のメディアの代表的な「政治的主張」だろう。しかし、小寺記者に言いたい。あなたは、本当に警戒区域・計画的避難区域などの全貌を観てきたのか? 自分の手足を使って現地を歩いてきたのか? 単に政府・行政の「一時帰宅」などに紛れて、ちらっと見てきただけではないのか?

 それも、彼の観てきたところは、福島南部のJヴィレッジ周辺から入った地域のようだ。ここには、政府・東電・自衛隊・警察などの指揮・調整センターがあり、福島第1原発の事故対策で動く人たちの待機所も置かれている。この地域一帯は、私も観てきたが、そのJヴィレッジ内も道路も、交通が混雑するぐらいの状況だ、言い換えれば、あの警戒区域内・20キロ圏内・計画的避難区域内とまったく違っている。

警戒区域内の報道の立入禁止を何故批判しないのか?
 今の朝日新聞などのメディアは、こんな地域を警察に守られ、許可を貰ってちらっと観るだけで記事を書いているのである。そして、このメディアさえも立入禁止にしている、警戒区域・20キロ圏内の問題を批判さえしない。その現地の実状を報道しないばかりか、それに報道管制(メディアの立入禁止)している政府批判さえしないのだ。 この状況が、政府・電力会社の原子力推進政策に協力し、原発安全神話を共につくりあげてきたメディアの責任でもある。

政府は再び避難住民に被曝を強いるのか?
 このフクシマの「死の町」―ゴーストタウン問題は、なぜ今重大問題なのか? 冒頭にも述べてきたように、この9~10月にも、政府は緊急時避難準備区域などの指定解除を行い、住民たちをその避難してきたもとの村々に戻そうとしているからだ。  
 政府は、「充分な除染」をして、住民を戻すという。しかし、私ははっきり断言するが、すでに放射能汚染された地域の除染は、不可能である。もちろん、学校や公園・道路などの一部の除染は可能だろう。問題は、汚染地域のほとんどを占める森林・田畑の除染だ(この地域は、約80~90%が森林)。

森林・田畑の除染は不可能だ
 私たちは、この森林地帯の放射線量を、特に重点的に測定してきたが、いずれの地域でもフクシマの森林地帯は、高度の汚染地帯だ。あのチェルノブイリでは、25年たった今でもこの森林地帯が高濃度に汚染されていることが報告されているが、まさにフクシマも同様の事態になっているのである(具体的汚染の実態は『フクシマ・ゴーストタウン』参照)。  
 
 このハイレベルで汚染された地帯の除染が、どうしてできるのか? ここから田畑に流れ出る水をどうして除染できるのか? まさか、すべての森林を伐採し、土砂を取り除くとでも言うのではあるまい。
 つまり、この除染ができもしない避難地域に政府は、住民たちをだまして、無理矢理でも戻そうとしているのだ。これは何を意味するのか? 言うまでもなく、新たな被曝を生じさせる。とりわけ、子どもたちに、とてつもない新たな被曝をもたらす。  

 このとんでもない、非人道的措置・決定を今、政府は行おうとしているのだ。そして、これが、フクシマ「死の町」発言で辞任に追い込まれた鉢呂問題の原因であり、結果でもある(この政府の性急な避難地域の解除の目的が、住民への賠償の軽減にあることは明らかだ)。

避難住民の権利の確立を
 今求められているのは、フクシマがゴーストタウンと化していることを率直に認め、避難地域の汚染の実態を認め、 ①詳細な汚染地図作成による避難地域の拡大(福島市などのホットスポット地帯を含む) ②住民の自主避難の権利とその賠償 ③住民の「地域ごとの避難」の権利とその「地域的・場所的補償」「生活的補償」 などをつくりだすことである。
 
 私たちは、この秋、全国の原発の即時停止・廃止を求め、脱原発の運動を広げるとともに、この具体的な原発被災住民の権利を獲得するためにもたたかわねばならない。
 この具体的内容は、9/29全国書店発売の『フクシマ・ゴーストタウン―全町・全村避難で誰もいなくなった放射能汚染地帯』(根津進司著)を参照してほしい。
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