第5回目の記事の発信から少しばかり間隔があきましたが、この連載も今回で6回目になります。この連載の意図は第1回目の「総論のようなものとして」で述べているとおりですが、私がこの連載の被批判者としてあげた7人の便乗反原発論者の人選の基準について、「放射線医療研究所などといった元理事長、代表、放射線影響研究大学院などなどなどのすさまじいほどのペテン師たちが、人選から外れている」などという本連載の意図を誤解している見当違いの批判もあったりしますので、若干の補足をつけ加えておきたいと思います。

本連載はいわゆる世間でいう御用学者、著名人などの原発推進論者、便乗反原発論者の総体的、網羅的批判をめざしたものではありません(そういう芸当はもちろん私の力量ではできもしませんし、他に適当な批判者がいる以上ここは私など素人のでしゃばる幕ではないだろうとも思っています)。この人たちは便乗反原発論者として相当、相応に批判されてしかるべきではないか、と私として思われる人たちでありながら、管見の限りにおいて、いわゆる市民サイドの反原発活動家、また、反原発論者からは批判の対象となっていない、あるいは見落とされている人たちにズームを絞りこんだ上での批判です。すなわち、なにゆえにこの人たちは批判されなければならないのか、という私なりの問題視点の提起、その結果としての7人の便乗反原発論者の人選にすぎないということです。ですから、たとえば長崎大学教授の山下俊一氏など市民サイドの反原発活動家、また、反原発論者からある程度批判が集中している原発推進論者、いわゆる御用学者、著名人についてははじめから弊批判の対象外としています。だからまた、被批判者として登場させた、また登場させる予定の7人はこれもまた管見に触れた範囲内での被批判者ということでしかなく、この被批判者をして被批判者総体を代表させるつもりがあってのことでも当然ありません。お断りしておきたいと思います。

さて、私はこの連載のはじめに「総論のようなもの」の一例として、つい最近まで岩波書店の月刊誌『世界』の優秀な編集部員であり、現在(いま)はひとりの岩波書店労働者として同書店の理不尽極まる不当解雇通告と闘っている気骨の言論人、金光翔(キム・ガンサン)さんの次のような指摘を紹介しておきました。

ウェブ上での原発危機関連の発言で、一つ不思議なのは、小沢派と目されるジャーナリスト(上杉隆ら)や無名のブロガーたちが、危機意識を煽りまくっている(略)、というのが率直な印象なのである。様々な情報・見解を提供してくれている原子力資料情報室(CNIC)のような、それ自体としては有益であろう機関も、青木理や岩上安身のような小沢派ジャーナリストが積極的に関与しているのを見ると、いささか距離を置いて考える必要性を感じざるを得ない。
(「
佐藤優の原発問題関連の発言について(4)」2011年4月2日付)

そのとき私は金光翔さんの発言を「市民の〈反原発〉現象」のプラス99、マイナス1の負の一端を剔抉する「聞くべき省察」、として紹介したわけですが、上記で紹介した金さんの懸念は次のような目立たない形(とはいっても、問題意識のある者にとっては当然目立ってしまうわけですが)で顕在化しています。

福島第一原発事故以後、反原発研究者の小出裕章氏(京大原子炉研)の優良な言説を逐次紹介してフクシマ以後の世論形成に少なくない貢献をしている市民サイドの情報に「たね蒔きジャーナル」情報がありますが、その5月16日付けの「たね蒔きジャーナル」情報にはさりげなく次のような記載があります。

たね蒔きジャーナル、民主党で菅批判の川内博史議員の電話出演がありました。(略)『原発事故対応、菅総理に物申す』であり、川内さん、リスナーから菅政権に言いたいことが殺到し、視覚障害者の人が友人経由で『辞めてほしい』といい、川内さんも『辞めて欲しい、原発、震災の国難への対応はダメ、真のリーダーが必要」と言うことです。(略)菅総理ではダメなら、他の人では、であり、誰が適任かは、『小沢一郎』と思う、国民的には何だそれと言うことだが、『誰がやるか』ではなく、『何をやるか』であり、原発はいざとなったら大変であり、エネルギー政策を転換する、浜岡は停止ではなく廃炉と言う政治家が必要(略)、(毎日放送ラジオ「たね蒔きジャーナル」キャスターの)水野さん、小沢氏にたね蒔きジャーナルに出て欲しいのです。

原発事故の対応について「菅総理に物申す」というのはよくわかりますが、それがなぜ唐突に「小沢一郎」待望論になるのでしょう? 同情報によれば小沢一郎は「真のリーダー」であり、「原発はいざとなったら大変であり、エネルギー政策を転換する、浜岡は停止ではなく廃炉と言う政治家」ということのようですが、どれほどの根拠があってのそうした〈断定〉なのでしょう?

小沢一郎は〈脱原発論者〉などでは毛頭なく、逆に「民主党はもともと原発政策に関しては旧社会党系の意見を一定程度容れた『慎重派』(消極的容認派)だった。それを自民党とまるっきり同じの『積極的推進派』に変えてしまったのが小沢一郎なのである」という次のような指摘があります。

小沢一郎が原発に慎重だった民主党の政策を「原発推進」に転換した(kojitakenの日記 2011年3月23日)

上記の指摘は2006年当時の新聞報道などを援用していて、客観的な証拠にもとづくものです。

さらに次の五十嵐仁さんのブログ記事も上記の指摘の信憑性を補強するものといえるでしょう。

民主党と同じ頃、連合も原発推進へと方針を転換していた(五十嵐仁の転成仁語 2011年5月19日)
連合は脱原発へと明確にエネルギー政策を転換するべきだ(五十嵐仁の転成仁語 2011年5月20日) 
原発の新増設推進に合意した自治労の責任は大きい(五十嵐仁の転成仁語 2011年5月21日) 

小沢氏は〈脱原発論者〉などではありえないことは上記の記事に明白です。しかし、このように明々白々な事実の指摘についても小沢擁護論者、たとえばそのひとりの天木直人氏は居直り強盗的ともいえる次のような牽強付会な論理を展開して恥ともしません。

小沢一郎はいまこそ反原発を宣言すべきである(天木直人のブログ 2011年3月27日)

小沢一郎が原発推進者だったという話が小沢批判者側から流されている。/もしそうであるとしても、小沢一郎はその事に対して言い訳をする必要はない。/加藤陽子を見習えばいいのだ。/3月26日の毎日新聞「時代の風」で加藤陽子東大教授(歴史学)が「原発を許容していた私」という見出しの寄稿で要旨次のように語っていた。/すなわちあの戦争を「許容していた」という反省から、「俘虜記」、「レイテ戦記」などの作品で反戦を訴え続けた作家大岡昇平の例を引用しながら、私は原発を許していた。温暖化の切り札として、インフラの海外輸出の柱として、そしてオール電化の安全性として、原発是認の声は説得力があると思っていた。/その私が、今度の事故で目覚めた。敗戦の総括が自力でできなかった日本ならば、せめて原発事故の誤りを繰り返してはならない、と。/強烈な反省と覚醒である。

大岡昇平の例を出さずとも、これまでのおのれの思想や愚行を反省して悔い改めるのはもちろん悪いことではありません。私は加藤陽子氏のその反省の質の本物性についてここで論じるつもりはありません。が、一般的にいって真の反省のないところに(キリスト教的な「懺悔」を比ゆとして用いますが)「新生」も「復活」もありえません。小沢一郎氏の場合、おのれの思想を真に脱原発の思想に改悛したというのであれば、民主党の政策を「原発推進」に転換した2006年当時のおのれの理念と思想を「強烈に反省」し、悔い改める必要がその「反省」の前提条件としてあるでしょう。しかし、その真の意味での反省は小沢氏からも民主党サイドからも一切聞こえてきません。「小沢一郎はその事に対して言い訳をする必要」があるのです。

週刊誌「AERA」(2011年4月25日号)の報じるところによれば、「民主党は東京電力の『電力総連』という労組から合計8740万円もの献金を受けて」います。その内訳は、「小林正夫議員4000万円、藤原正司議員3300万円、中山義活議員700万円、吉田治議員700万円、川端達夫議員30万円、近藤洋介議員10万円」。左記の5人の民主党議員のうちの2人は小沢派(藤原、吉田)、3人は鳩山派(小林、中山、川端)です。小沢派の身内に2人もの原発推進議員を抱えたままで仮に脱原発宣言をしたとして、人々(市民)の誰が信用するでしょうか。人々(市民)の誰にも決して信用されはしないでしょう。「小沢一郎はその事に対して(とりわけ)言い訳をする必要」があるのです。

さて、これまで冒頭で述べた7人の便乗反原発論者(及びそれに準じる者)のうち武田邦彦氏(注)、五百旗頭真氏、勝間和代氏、小佐古敏荘氏の4人について批判してきましたが、あと佐藤優氏、住田健二氏、弘兼憲史氏の3氏の批判が残されています。佐藤優批判については冒頭でもご紹介しました金光翔さんに詳しい論があります。私の佐藤批判は金光翔さんの論を超えるものではありませんので、金さんの該当論攷を紹介することで、かつ金さんに対して僭越至極であることは承知の上で私の佐藤批判に代えさせていただきたいと思います。

佐藤優の原発問題関連の発言について(1)(金光翔 2011年3月30日)
佐藤優の原発問題関連の発言について(2)(金光翔 2011年3月31日)
佐藤優の原発問題関連の発言について(3)(金光翔 2011年4月2日)
佐藤優の原発問題関連の発言について(4)(金光翔 2011年4月2日)
佐藤優の原発問題関連の発言について(5)(金光翔 2011年4月3日)

住田健二氏(大阪大学名誉教授)については、先頃、これまで原発を推進してきた元原子力安全委員らが福島原発事故についての反省的「緊急建言」を発表しましたが、住田氏は、元原子力安全委員会委員長代理、元日本原子力学会会長の肩書きでその「緊急建言」に署名した16人のメンバーのひとりです。私は住田氏の最近の発言、「自分は原子力村の一員でも村の外れ的存在。原子力村のリーダーではない」「原発は地震国で存在できるかについては、存在させないといけない。原子力を安全に使えると考えている」などの発言は根底的な反省が不十分で、今年80歳の長老とはいえ、いやそれだけになおさら十分に批判されておかなければならない性質のものというべきだろう、と思っていますが、それ以上に住田氏を批判する材料を持ち合わせていません。くれぐれも反原発に改悛した元原子力学者というがごとき賞賛のたぐいは厳に慎まれなければならないものだ、という指摘にとどめておきたいと思います。

弘兼憲史氏(漫画家)についても、同氏は文化放送にレギュラー番組を持っており、これまでも同番組を通してタカ派的な発言を繰り返してきた人。また、同氏は、原発メーカー東芝と一心同体で、原発神話の拡大普及にも大きな「功績」のあった人でもある。そういう人が反省もなく、何事もなかったように番組でとりつくった話をしている。きわめて不愉快である、という指摘があることのご紹介にとどめたいと思います(それ以上のことについてはこの件についても私は適切に弘兼批判を展開する材料を持ち合わせていません)。

注:私は武田邦彦氏については第2回目の連載で「『かつての原発推進学者が反原発学者に転向した』というたぐいの一種の〈貴種流離譚〉記事として市民の間に「拡散」されて」いると批判しているのですが、同氏は最近の発言で「私自身によっては(ママ)2006年の地震指針のときに原発推進派から批判派に変わった。今度のときを機にずいぶん苦しみましたけれど批判派からはっきりとした反対派(に変わった)」(岩上安身氏インタビュー 2011年5月12日)と述べています。
http://www.ustream.tv/recorded/14646649(3:39秒頃) 

武田氏のこの自己評価について、私はこれまでの彼のトンデモ発言からしておおいに疑問を持っていますが、ほんとうに原発反対派に変わったのであれば、それはそれで評価すべきものです。彼の同発言が真実のものかどうか、しばらく注視したいと思っています。

次回は「拡散」という言葉を不用意に頻発する最近のある種のメールについての私の違和感について書きます。それでこの連載を了としたいと思っています。

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