CMLというメーリングリストで何人かの方が「森永卓郎の困った提言」について論じています。が、「森永卓郎の困った提言」は今回の原発問題にはじまったことではありません。これまでも何度も同様の「困った提言」は森永から発信されていました。森永卓郎の思想それ自体に「困った思想」の部分が少なからず含有されているのです。その森永の「困った思想」の核心を見抜くことができず、まるで森永を有数の「革新の人」であるかのように重用してきたのが自らを「憲法と社会問題を考えるオピニオンウェブマガジン」などと自賛する『マガジン9』などの一部市民メディアです。その一部市民メディアの目の冥(くら)さが今回のような「森永卓郎の困った提言」を跋扈させている元凶である、というのが私の見るところです。このことについてはこちらのエントリで書いています。

上記の「一部市民メディアの目の冥(くら)さ」に関連して、岡山の片山貴夫さんから下記のような訴えが発信されています。「一部市民メディアの目の冥(くら)さ」は犯罪的なレベルにまで達しているといわなければならないでしょう。
 
急報 岩波書店に抗議を!岩波書店が金光翔さんに「解雇せざるをえない」と通告
http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi/11810310.html

注:ただし、片山さんの上記の訴えの中にある岩波書店労組が「“左派”的労組」であるということと「岩波書店労組は出版労連に加盟している(共産党員が指導部に居る)」ということとの間には今回の「金光翔さん解雇問題」に関して因果関係は見られません。別次元の問題というべきものです。その別次元の問題を関係させて「日本左翼の底知れぬ堕落と腐敗」を問題視する論旨の展開には私は賛成しません。

以下、「森永卓郎論文について そして池田香代子さんへ 参院選投票日の前日の私の意見」(弊ブログ 2010年7月10日付)再掲、再説しておきます。

■「森永卓郎論文について そして池田香代子さんへ 参院選投票日の前日の私の意見」再説
経済評論家の森永卓郎氏の「どこに投票すればよいのか分からない参議院選挙」(マガジン9 2010年7月7日付)という小文が一部の人たちにもてはやされています。この〈一部の人たち〉とはいまの『マガジン9』の(少なくない)読者と言い換えてもよいかもしれません(私自身も『マガジン9』講読登録者のひとりですが、『マガジン9』という媒体(メディア)の「政治を見る」視力の鈍化と低下は目を覆わんばかりのものがあります。それに輪をかけた読者の視力の低下・・・。もはやなにをかいわんや、というのが同誌の陥っている現今のありさまでしょう)。

■どこに投票すればよいのか分からない参議院選挙(森永卓郎 マガジン9 2010年7月7日)
http://www.magazine9.jp/morinaga/100707/

この一部の人たちにもてはやされている森永氏の「どこに投票すればよいのか分からない参議院選挙」という文章はどういう手合いの文章か? ひとことで言って「『思想的な2大政党制』といってもよいフレームの中でしか政治という事象を把捉することができない陥穽」に陥っているものの見方による文章、といってよいだろうと思います(「鳩山内閣の19%~21%の内閣支持率はどういう声に支えられているか・・・・・」(弊ブログ 2010年5月16日付参照)。

上記の私の指摘については、森永氏の文章自体が何よりもその雄弁な証左になっています。同氏は冒頭で次のように言います。

「『参議院選挙で、どの党を支持すればよいのかよく分からない』。そういう話を私の周囲で頻繁に聞くようになった。昨年8月の総選挙で、あれだけ明確だった民主と自民党の政策が、同じようなものになってしまったので、判断がつかないというのだ」。同氏にとって「民主と自民党」以外の政党は視野の外なのです。この森永氏の視力は「思想的な2大政党制」フレーム、そして視野狭窄、というほかのなにものでもないでしょう。同氏はこの「思想的な2大政党制」フレームの中で民主党をさらに仕分けして同党を「左派」と「右派」に分けます。

同氏の仕分けによれば、「米軍の普天間基地を辺野古に移転することには反対」する人、また「逆進的な消費税を増税することには反対であり、高額所得者や資産家、あるいは大企業の税負担を重くすべきだと考える」人は左派。「辺野古への移設はやむを得ないと考える」人、また「法人税を減税せねばならず、消費税の大幅な増税を求める」人は右派。そして、その比率は、「私の目に映る範囲では、民主党の国会議員は左派が6割で、右派が4割」と分析します。そしてなお、「小沢前幹事長の時代には、民主党は左派が大きな力を持っていたが、菅総理・枝野幹事長の政権に変わってから、民主党の政策は完全に右派が握るようになってしまった」という分析をつけ加えます。

上記の森永氏の主張は、「官僚が『集合的無意識』により小沢や民主党政権を潰そうとしている、また、菅直人首相は外務官僚に包囲されている」などなどと主張する佐藤優や副島隆彦らの官僚陰謀論を説く者の主張(『小沢革命政権で日本を救え』佐藤優・副島隆彦共著)のバリエーションといってよいものです。その主張になんら新味はなく、独創性もありません。両者の主張に共通しているのは民主党を意図的に「官僚派」「反官僚派」、あるいは「左翼」と「右翼」などと仕分けし、小沢・民主党をあくまでも擁護しようとする姿勢です(小沢・民主党を擁護しようとする思想的意図は異なるように思えますが)。

その小沢・民主党擁護者の認識について、「<佐藤優現象>批判」の著者の金光翔さんは次のように指摘しています。

「ここにおいては、鳩山政権や民主党の政治家たちが自民党の政治家たちと似たり寄ったりであるというごく当たり前の認識は、その可能性すら考慮されておらず、彼ら・彼女らが政権政党の利権にありつくことに何ら躊躇しないなどという認識など思いもよらず、民主党の政治家たちはあたかも市民運動や左派言論人の『仲間』であるかのように表象されている。問題は『未熟さ』や『力量不足』や『リーダーシップの欠如』であって、民主党の政治家たちが、折込済みで公約を反故にした可能性など、全く考慮されていない。」(「佐藤優の官僚陰謀論を需要するリベラル・左派」 私にも話させて 2010年7月9日付)

「別に小沢と菅や枝野との政策の違いなど大してない(同じ党なのだから当たり前であるが)。」(「『小沢派』とか『反小沢派』とか」 私にも話させて  2010年7月9日付)

「それにしても、喧伝されている、あの『小沢派』対『反小沢派』などという図式は一体なんなのだろうか。民主党は小沢一郎の国会への証人喚問すらしていないのに、いつの間にか小沢をめぐる「政治とカネ」の話はなかったことになっている。証人喚問をしようとすらしない『反小沢派』、そして『小沢派』対『反小沢派』とは一体何なのだろうか。」(同上)

注:少し下世話になりますが、上記の金光翔さんの指摘のうち、「小沢の金権問題が争点化した後に民主党の『脱小沢』の必要性を主張していた山口二郎や、小沢批判を繰り返している森田実は『反小沢』なのだろうか。よく知られているように、彼らは小沢から多額の講演料を貰っている」という指摘も「小沢派」対「反小沢派」などという図式の無効性を示しているように私には思えます。

参照:
・北大の山口二郎先生、いろいろお金もらっているようです
http://newheroes.blog100.fc2.com/blog-entry-276.html
・民主党から金銭の授受のある人たち。
http://ttensan.exblog.jp/11437731/

ところで池田香代子さんがご自身のブログ記事で私として評価できない上記の森永論文を「大学紛争」(60年代後半~70年代初頭)以来の思想の「成熟のひとつの態度」だとして評価しています。

■成熟過程のもやもや選挙(池田香代子ブログ 2010年7月10日)
http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51438616.html

しかし、私は、上記で述べたとおり、森永氏の論は70年代以降の「『革新思想の退嬰』を象徴するひとつの態度」としか見えません。

池田さん

参院選も明日が投票ですのでいまは長い文章を書くのは避けます。しかし、明日の投票日を前にひとことだけどうしても述べておきたいことがあります。

あなたの上記ブログでの所論は、「民主党には『右派』と『左派』(小沢派)がいるから、その民主党内の『左派』(小沢派)に期待して一票を投じよう、とあなたの意志をせん明していることにほかなりません。しかし、上記で金光翔さんも言うように「小沢(左派)と菅や枝野(右派)との政策の違いなど大してない」「同じ党なのだから当たり前」なのです。それをことさらに右派と左派に分けて「成熟」した投票を促しておられる。それは結局のところ沖縄の民意を無視した、また「『最低でも県外』と首相自ら公約しながら県民の心を8カ月間ももてあそび、『辺野古現行案』に回帰するという公約違反の裏切り行為」(琉球新報社説、2010年6月1日付)に及んだ民主党政権を許すことになります。池田さん。あなたは沖縄県民を裏切った民主党政権を許すおつもりですか? 私には同意できません。

池田さん。私も池田さんと同じく「大学紛争」の世代ですが、私の場合は高校生の頃から政治に関わっていましたので、翻訳の分野では池田さんにもちろん完全に遅れをとりますが(というよりも、翻訳の分野はまったく私は無知ですが)、政治の分野では私の方が先輩株といってよいかもしれません。その先輩として私は池田さんに言いたい。私は70年代以来40年間保守反動政権に怒りをくすぶらせてきました。だからなおさら似非「革新」政権(もちろん、民主党政権のことをいっていますが)を許しがたい思いがするのです。その私の無念が私の2大政党制批判であり、また思想としての2大政党制論批判、さらにまた民主党批判です。

そういう意味で私は森永論考について次のように結論しておきます。

あなたの引用する森永氏の論は結局のところ2大政党制の枠内でしかものを見ることができない本人は「革新」のつもりでも思想としては保守中間層的インテリの意見でしかない、と。
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