信州の山村、南相木村診療所で12年間地域医療に携わり、現在も長野県佐久総合病院で内科医師をされている色平哲郎さんのTPP問題や東日本大震災、福島第1原発問題に関する最近の精力的なご発言、そのご活動は目を瞠るものがあります。私は「狂狷(きょうけん)の人」である色平さんの最近のその精力的な言論活動に強い敬意を表するものです。

その色平さんからあるメーリングリストにごく最近下記のような投稿がありました。

私はバーキアン、つまり保守主義者なので、“フランス革命”のような科学至上、理性至上の主張や感覚に違和感を持っています/中島岳志氏も保守主義者のようですね

「保守派の私が原発に反対してきた理由」
http://www.magazine9.jp/hacham/110330/

彼の「世界は普遍的に「想定外」なもの」また「理性万能主義に対する懐疑」という感覚、欧米の伝統に由来する保守主義の立場からすると”正統”となりましょう

日本人の使う”保守”ということばは、このような外部世界での通常の語法とはずれまくってしまっていますので、ちょっとご説明に窮するところではありますが、、、

そして続けて追伸(自己レス)として下記のような投稿もありました。

自己レスです、友人ふたりからコメントが寄せられました/FYI(東本注:参考)として差し上げます、そのままが私の意見ではございません(念のため)

「友人ふたりから」のコメントの全文の引用は省略しますが、その友人のおひとりのコメントとは池田香代子さんからのもので次のようなものでした。

「日本人の使う”保守”ということばは、このような外部世界での通常の語法とはずれまくってしまっています」(色平さん)

じつはわたしも保守主義親和的です。/「ふるさと」を国家の上に置くのが保守主義者だと思います。/保守主義は地域主義的です。/ですから、辺野古高江、そして原発に反対ないしきびしく対峙する地域の人びとこそが真正保守主義者だと思います。/去年書いたブログ記事(一部)です。
色平さんのおっしゃる「ずれまくり」についても書いています。

そして、日本人の使う”保守”ということばの「ずれまくり」について書いたという池田さんのブログ記事は次のようなものでした。

■保守主義の島 沖縄(池田香代子ブログ 2010年5月7日)
http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51403917.html

私は上記の色平さんへの返信として下記のような私の「保守主義」についての感想を認めました。以下、色平さんへの私の返信です。


色平さん

TPP問題や東日本大震災、福島第1原発問題など今年になってからの突出したご情報の提供、またご活躍に心から敬意を表します。むろんのこと、色平さんから提供される情報の数々は私にとっても大いに役立っています。感謝申し上げます。

さて、少し遅いレスになりますが、色平さんのおっしゃる「保守主義」についてひとこと。

色平さんご自身が中島岳志氏の保守主義の論を紹介しながら「日本人の使う”保守”ということばは、このような外部世界での通常の語法とはずれまくってしまっていますので、ちょっとご説明に窮するところではありますが」と自覚されたうえで「私はバーキアン、つまり保守主義者なので」とおっしゃっておられるので釈迦に説法的なことを言うほどのこともないと私も「自覚」しているのですが、日本の保守主義に関する次の丸山眞男のことばはご紹介しておきたいと思いました(おそらく色平さんもご存知のことだろうとは思っていますが)。

「日本の保守主義とはその時々の現実に順応する保守主義で、フランスの王党派のような保守的原理を頑強に固守しない」(「日本人の政治意識」『丸山眞男集第3巻』所収 1948年)

加藤周一は丸山と同様のことを「大勢順応主義」ということばで表現していました(『日本文学史序説』上下 筑摩書房、1975・1980年。『日本文化のかくれた形(かた)』加藤周一、丸山真男、木下順二、武田清子共著、岩波現代文庫、2004年)。

また、保守主義者の中島岳志氏については中島と同世代の批評家の金光翔さんの次のような批判もあります。

中島が「保守」しようとしているのは、「伝統」でも「国のかたち」でもない。「論壇」や「マスコミ利権」や「アカデミズムとマスコミとの馴れ合い」である。この馴れ合いたがる人々においては、表向きの看板と違って左右対立などもともとなく、巨人対阪神、という程度の意識しかない。そのような「保守」であるからこそ、大して本も売れていないのに、中島は「保守」思想家としてマスコミで活躍できるわけである。

ところで「じつはわたしも保守主義親和的です」とのコメントがあった「友人ふたり」のうちのおひとりは池田香代子さんのことですね(「保守主義の島 沖縄」 池田香代子ブログ 2010年5月7日)。

私もこの池田さんの記事を当時読み応えのある記事として読みました。池田さんはそういう人だろうと私は思っていましたが、池田さんのよって立つ思想の基盤のひとつがよく理解できました。とても池田さんらしさが伝わる記事だと思ったものです(私は昨年だけでも池田さんを批判する記事を3本ほど書いているのですが)。

その池田さんと私は変な縁があります。私と池田さんはともに北九州の若松の出身で、私が小さかった頃の家の大家は「池田」という姓の人だったのですが、この池田さんはその近隣の大地主であると同時に酒やしょうゆの醸造や風呂屋や米屋も営む手広い商いで財を成したその土地では有名な大金持ちでした。池田さんの屋敷の前には私たちが「大池」と呼んでいた池がありましたが、その池で私たち子どもは魚釣りをしたり、泳いだりして遊んでいました。私は高校生の頃までは池田さんの営む銭湯に毎日のように通いました。幼い頃、米穀通帳を持って池田さんの米屋に1升、2升の米を買いに行かされもしていました。その池田さんの屋敷の長男坊の娘さんが池田香代子さんなのですね(ただし、池田さんは東京生まれ、東京育ちですが)。一度、池田さんが講演で大分に来られたときその話を少しばかりしました。池田さんとはまだまだケンカは続けなければいけないと私は思っていますが、しかし同時に池田さんは私にとって懐かしい人です。

とりとめもなく・・・
 
追記:
 
上記の返信を書いた直後に色平さんから私宛に下記のような追伸(抜粋)が届きました。
 
> さて、少し遅いレスになりますが、色平さんのおっしゃる「保守主義」

ここなのですが、日本の医師むけに書いたものなので、何卒、ご勘弁を/医師はたいへん自信過剰なのですが、バークの名前さえ知らず、この程度にするしかないのです

> 加藤周一は丸山と同様のことを「大勢順応主義」ということばで表現していました。
 
生前、加藤さんとは、夏はご近所でもあり、親しくしていました/雑誌「世界」の05年のどこかの号に掲載された「戦後50年企画」編集長インタビューで加藤さんと「大勢順応主義」について語り合ったことを述べてあります

色平さんのおっしゃる雑誌『世界』の編集長インタビューとは下記の記事のことのようです。この記事のURLも添付させていただこうと思います。加藤周一の「日本的コンフォーミズム(大勢順応主義)」の考え方がよく理解できますし、色平さんはまさに「狂狷の人」だなあ、ということもよくわかります。
 
“野生の老人たち”の戦後史 ~地域医療の現場から~
(色平哲郎(佐久総合病院内科医) 聞き手=編集部 『世界』2005年10月号)
http://irohira.web.fc2.com/b26AgedPersons.htm


日本文化のかくれた形(かた)


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