先の私のエントリ記事に対してあるメーリングリストの参加者から「名指しされなかったものの、池田香代子さんのメッセージを通じて、間接的に危惧する点に注意とご批判をくださったものと謹んで受け止めました」という真摯すぎるほどの返信がありました。以下は、その返信に対する私の返信です。その先の2つのエントリ記事を書いた私の心持ちの説明になっているのではないかと思います。これもエントリしておこうと思います。

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○○さん、ご返信ありがとうございます。

が、私の先日の投稿は個人の批判を意図したものではまったくありません。個人的にも反原発運動に関わっている私の友人、知人はたくさんいますし、その人びとと私は長年連帯して活動してきましたし、仲のよい友人同士としても長くかつ古いつきあいをいまも続けています。

その友人、知人たちを私は批判するつもりはまったくありません。

私が先のメールで指摘したかったのは、市民運動のサイドにも私としてしばしば見受けられる一個の人間をそのかけがえのない一個の人間としてそのまま評価するのではなく、有名であること=人間の内実であるかのように錯覚している市民運動内にある一種の有名人病の危険性についてです。

いわゆる革新勢力の人には有名だけが取り柄のタレント候補に一票を投じる「市民」なるものをあざ笑う傾向が強いように私には見受けられるのですが、その「革新勢力の人」が実はおのれこそが重篤な有名病を患っていることにまったく気づいていない。そのひとつの現れが田中優現象であり、広瀬隆現象であるといえるのではないか、ということの警鐘としての私の指摘のつもりでした。

誤解があってはいけませんので一言しておきますと、私は田中優さんも広瀬隆さんも全面的に否定するつもりはまったくありません。先のメールでご紹介した池田香代子さんもおっしゃっておられるように「古くから反原発運動をなさってきた方がた」は「尊敬するし、ともにやっていきたい」と私も思っています。しかし、「広範な意見をまとめていくにはひと工夫必要だなあ、というのが、現下のわたしの感想」でもあるのです。
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