キョウ まらら

Blog「みずき」:「マララさんは3月に同大から、大学入学資格試験(Aレベル試験)での一定の成績を条件に入学を許可すると伝えられており、17日に発表された試験の結果により合格が決まった。」(時事通信 2017年8月17日)「一定の成績を条件」とはどういう条件か。他の受験生との間に差別はないのか? 必ずしもクリアではない。マララは「学業を終えた後、パキスタン首相になりたい」と語っているという。クリアではない受験で合格した者にクリアな政治ができるとは思えない。それに政治家志望というのも権力志向的にすぎる。私にははっきり言ってうさんくさい。

若者時代から壮年時代にかけての放浪の旅を通じてアジアや中東地域の人々の暮らしに対する知見の深い写真家で作家の藤原新也さんの「マララ論」を置いておきたい。
 
『マララさんのノーベル平和賞の受賞にはさまざまな批判がある。イスラム国台頭の最中、対イスラム過激派共闘へのプロパガンダとされた感は確かに否めない。というより絶妙のタイミングだったと言える。(略)マララさんの場合は欧米の価値観や欧米主導の政治のイコンとなるにはこれ以上にない”道具立て”を所有していた。そしてまた少女はその”お膳立て”に十分すぎるほど応えている。私は彼女を見ているとついインドやパキスタンの旅を思い出してしまう。なぜかあっちの方にはこういう小娘がよく居るのだ。エリートの子供で、学校の成績のよいらしい歳の端もいかない10代の小娘が自信たっぷりに大人顔負けの饒舌な口調で(稚拙な)論理を振り回す。まるで街頭の香具師ではないかと思えるほど口八丁手八丁だ。その過剰な自己主張は一体どこから出ているのだろうと思うことがある。日本にあまりこういった10代の小娘がいないので想像がつかないだろうが、旅の中でこういう手合いが出てくると辟易する。話に調子を合わせていると、自分の都合のいいように話をねじ曲げ、人の優位に立とうとする。マララさんもここのところ欧米世界の要請に応えるように自己ヒーロー化に向かっての言葉の脚色がエスカレートしている。もともと彼女の存在が世の一部に知られたのは彼女の住む地域がタリバン運動に席巻され女性の教育が禁止されたおり、イギリスのBBCの依頼によって現状をブログに書いたことがきっかけだった。彼女はその時、スクールバスでの通学にビクビクしている、という発言をしている。そしてそのコメントによって彼女は特定され、狙撃された。わずか11歳の子供である。ビクビクしているとの発言であっても現地の状況を考えると勇気ある発言であり、それは彼女の偽りのない本心だろう。その折の狙撃される前の彼女のポートレイトを見て私は汚れのない綺麗な子だとも思った。

だがそれから6年、彼女は欧米の”マララ・ヒーロー化計画”に応えて饒舌と脚色をエスカレートさせて行く。その真骨頂がノーベル平和賞の授賞の弁の中で出て来た以下の文言である。「私には黙って殺されるか、発言して殺されるかしか選択肢がなかった。だから私は立ち上がって発言してから殺されようと思った」まさに世界を唸らせるサビの効いた文言である。情報の溢れるこの情報化社会においては象徴となるような有効なワンコピーが功を奏すと言うことを十分心得たフレーズでもある。ひよっとしたら広告代理店が一枚噛んでいるのではないかと思わせるほどの出来映えである。ふとそう思うのは授賞の弁を全文読んでみると非常に優等生的平板なものでありながら、このフレーズだけが全体から浮いたように”高等”だったからだ。いやかりにそれが彼女自身が作った”コピー”であったとしても、あの”ビクビク”から”殺されようと思った”のわずか6年の間に彼女の身に何が起こったのか。それはそのわずか6年の間の少女のポートレイトの変化に現れていると写真家の私は見る。(藤原新也 Shinya talk 2014/10/14)うと思った”のわずか6年の間に彼女の身に何が起こったのか。それはそのわずか6年の間の少女のポートレイトの変化に現れていると写真家の私は見る。』(藤原新也 Shinya talk 2014/10/14)


【山中人間話目次】
・マララのオックスフォード大合格はクリアとは思えない。それに政治家志望というのも権力志向的にすぎる。私にははっきり言ってうさんくさい
・この世の中ではおかしいことがまかりとおっている。まず、ここから糾さなければならない。喫緊の課題だ――“20条裁判”を起こす非正規たち 正社員と同じ仕事・責任なのに待遇格差
・ジャーナリスト・安田純平さん長期拘束 政府、力尽くしたか 尾を引く「自己責任論」 - 毎日新聞 2017年5月2日
・坂井定雄さん(龍谷大学名誉教授、元共同通信ベイルート特派員)の「クルド人国家独立への住民投票迫る」
・浅井基文さん(元外交官、政治学者)のありえるかもしれない米朝関係の転換を示唆する「米朝関係の可能性(李敦球文章)」と題された李敦球(中国国務院世界発展研究所朝鮮半島研究主任)文章紹介記事
・そして、誰もいなくなった――安倍晋三の二度目の太鼓持ちを演ずる河野洋平の子・太郎の惨めな姿

【山中人間話】






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