キョウ それんほうかい

夏バテその他のためブログを更新するまでの体力の余力がありませんでした。この10日間ほどの「今日の言葉」をテーマ別に7回に整理、分載して記録として載せておきます。

Blog「みずき」:「1991年暮、「擬制」社会主義=ソ連体制は崩壊した。それ以降から現在に至る4半世紀の間、革命の理想主義や夢が潰え、今ある現実の上に居直る態度が社会に目立つようになった。」(太田昌国FB 2017年7月28日)

まさにいま私たちは「今ある現実の上に居直る態度が目立つ」「理想主義が無残な敗北を喫した現在の思想的な瘦せ地の上で」生きている。私は大道寺将司の死は「理想主義の無残な敗北」の象徴だと思っている。私はむろん「今ある現実の上に居直る態度」(日本共産党よ。お前にも言っているのだぞ)に与みはしない。いや、軽蔑する。軽蔑して生きる。それが私の闘い方だ。

『1917年ロシア社会主義革命の勝利以降「ソ連幻想」「共産党幻想」が長いこと、けっこう広範な人びとの心を呪縛してきた。その「幻想」は、1950年代後半以降、「粛清」「強制収容所」「統制」「査問」などの現実を通して、次第に崩れ始めた。代わって...、それらの現実をもたらした「スターリン主義」の克服を目指す新左翼が、日本でも、世界の他の地域でも、人びとの心を捉え始めた。だが、日本における「暗転」は、新左翼の登場から早くも15年足らずでやってきた。1970年以降の、凄惨な内ゲバ、連合赤軍の同志殺し、大道寺も担った三菱重工ビル爆破に伴う多数の死者と重軽傷者の発生――新左翼運動に対する共感は、一気に潮を引き始めた。「革命」とは常に「不条理な死」を、それも指導部とは対極の場にいる者の「死」をもたらすものなのか、という絶望感が多くの人びとの心に沁み込んだ。大道寺は、その事態を招く一端を担ったことへの悔恨と共に、74年8月30日の三菱爆破以降の日々を生きた。それは、43年間に及んだ。』

『社会的な正義を希求する行動が、なぜその理念を裏切る「背理」を生み出すのか。それでもなお希望はどこにあるのか――私たちが引き継がなければならない巨きな課題を遺して、大道寺将司は逝った。』


【山中人間話目次】
・1991年暮、「擬制」社会主義=ソ連体制は崩壊した。それ以降から現在に至る4半世紀の間、革命の理想主義や夢が潰え、今ある現実の上に居直る態度が社会に目立つようになった
・醍醐聰さん(東大名誉教授)らNHK「クローズアップ現代」(『6月19日放送)視聴者有志のNHK政治部・原聖樹記者宛て質問書
・ドナルド・トランプが25日のツイッターでジェフ・セッションズ司法長官を「とても弱腰」と改めて批判しているという
・辺見庸が久しぶりにブログを再開しました。これも私にとっては朗報です
・内野光子さん(歌人、短歌評論家)の「アンジェイ・ワイダの遺作『残像』を見て~ワイダと画家からのメッセージ」という秀逸な映画『残像』の紹介と批評
・昨年、熊本大地震に見舞われた阿蘇神社(熊本県阿蘇市一の宮)で古式ゆかしい五穀豊穣を祈る「おんだ祭り」があったという
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