キョウ おきなわふっき

Blog「みずき」(1):私は以前、「沖縄論壇と本土との亀裂は取り返しがつかないほど深い」というアエラ編集部の渡辺豪記者の記事を読んだ読後感として「渡辺記者のまなざしには深いよどみの淵底に下り立った者だけが知る孤高の人の悲しみのようなものがあります。それはある意味で琉球人の悲しみに相似したものでもあるでしょう。その悲しみが透徹した眼になっている」と書きました。

その読後感の最後の部分では渡辺記者の視点の不十分さの指摘もしているのですが、上記は私の基本的な渡辺記者評価です。その渡辺豪記者の「本土復帰45年の沖縄で「幻の建議書」関係者が語る『復帰は間違いだった』」という記事(『AERA』2017年5月22日号)。渡辺記者は今回は沖縄復帰時、琉球政府職員として「復帰措置に関する建議書」の策定に携わった宮里整さん(84)に焦点を当てて、宮里さんから「私は今、冷静に振り返れば、復帰運動は間違いだったという結論に行き着いています」という回想を引き出しています。渡辺記者は宮里整さんの回想を紹介する形でいまなにを撃とうとしているのか。

渡辺記者は宮里さんへのインタビューを「宮里さんは今、戦後沖縄のテクノクラートの一人として沖縄社会を「日本復帰」に誘導する一端を担った過去を心の底から悔やんでいる」という言葉で締めくくっています。おそらく渡辺記者も宮里さんとはもちろん違う形で、宮里さんとほぼ同様の思いを抱いているのでしょう。「本土復帰45年の沖縄で『幻の建議書』関係者が語る『復帰は間違いだった』」という標題がそのことを物語っています。

(2)
この論の以下の部分には同意します。現在の「左翼」なるものの偏頗な思想性のよってくるところの急所を突いている、と私は思います。ここでもその偏頗性のよってくるところのキーワードは、「小熊英二」という記号であり、「内田樹」という記号であり、「上野千鶴子」という記号であり、「中野晃一」という記号であり、「しばき隊」という記号であり、その記号に偏頗する者たちです。しかし、田中宏和さん(「世に倦む日日」ブログ主宰者)はその偏頗性のよってくるところのキーワード中のキーワードというべき「共産党」という記号の適示はしません。天皇礼賛論者の彼にとってはやはり天皇礼賛論者となって右傾化した共産党は都合のよい存在だから、という理由がもっとも大きいでしょう。いずれにしても、その偏頗性のよってくるところのキーワード中のキーワードというべき記号は「共産党」である、というのが私の見るところです。現在の「左翼」なるものの偏頗な思想性を批判するのであればその急所中の急所である「共産党」批判を措いて批判することはできません。

【山中人間話目次】
・アエラ編集部の渡辺豪記者の「本土復帰45年の沖縄で「幻の建議書」関係者が語る『復帰は間違いだった』」
・この論の以下の部分には同意します――現在の「左翼」なるものの偏頗な思想性のよってくるところの急所を突いている
・kojitakenさんの民進党支持者の7割が「安倍晋三の9条改憲構想」に反対らしいが……
・私は問う。 戦前の治安維持法と現代の共謀罪との親似性を指弾しながら、その治安維持法制定の背景としてあった制度としての「天皇制」を批判する視点を持ちえない思想性とはなにか、と。
・国連特別報告者が共謀罪に懸念――国際の世論から見放された政府が長続きしないことはドイツや日本の先の敗戦の事例を見ても明らかです

【山中人間話】





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