キョウ さわふじとういちろう4

Blog「みずき」:相沢侃さんのわが意を得たりの本日付FB記事です。昨日、私は、その前日の「澤藤統一郎の憲法日記」の「『改めて憲法の意義を確認し、立憲主義を堅持しよう。』ー日弁連定期総会宣言案」という記事を引用した上で、私の見解として、「『立憲主義』という言葉は『立憲主義』の名の下に憲法9条を『現実』に近づける改憲をたくらむ(すなわち、安倍改憲と実質的に同じ)新9条論者の登場によってまったく黴の生えた言葉になってしまいました。私はその『立憲主義』の言葉を何度も何度も繰り返す『日弁連定期総会宣言案』にいささか以上の疑問を覚えます」と述べておきました。

以下にシェアした相沢さんの本日付記事は、その私の疑問の生じるところを澤藤さんの過去の記事に遡って根拠づけてくれているように私には見えます。もちろん、そこに呼応関係があるというのではありません。結果としてそうなっている。そうなっているように私には見える、ということです。澤藤統一郎弁護士には是非読んでいただきたい相沢さんの問題提起、そして、私の疑問提起です。

『このころまでの澤藤「日記」には、
立憲主義・民主主義・平和主義というような、護憲派法律家共同体の主潮流(?)やSEALDsバブルに飲み込まれたような書き方は見られなかった。「専守防衛」論に拠りながらも、憲法の理想と戦争放棄の9条を語り続けていた。憲法前文のうたう理想はイデオロギッシュだ。しかし、SEALDsバブルのなかでは、この理想は一般的には叫ばれず、「権力をしばるものとしての憲法」という「理解」だけが広がっていった。叫ばれたのは「立憲主義を守れ」であった。澤藤「日記」もいつしか法律家共同体やSEALDsバブルの残滓に飲み込まれていった。と、私は思う。澤藤「日記」が、一日も早く「専守防衛」論から抜け出し、戦争放棄・戦力不保持・交戦権否定の9条の見地に立ってほしいと願う。』

【山中人間話目次】
・相沢侃さんの「リベラル・左派」批判記事(1)――「澤藤統一郎の憲法日記」の変節批判
・相沢侃さんの「リベラル・左派」批判記事(2)――「お気持ち」切り離し議論を」(朝日新聞、2016年8月9日付)という西村裕一さん(憲法学者・北海道大学准教授)の論の紹介記事
・相沢侃さんの「リベラル・左派」批判記事(3)――何を血迷ったか、山口二郎
・美濃加茂市長事件 控訴審判決の杜撰さがいま改めて白日の下に晒されている――江川紹子さんの記事から
・美濃加茂市長事件弁護団が5月16日に最高裁判所に提出した上告趣意書は「再逆転無罪」判決を勝ち取るための決定打
・ロシアとの関係を巡る一連のトランプ疑惑は第2のウォーターゲート事件に発展しそうな雲行きだ
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