キョウ なかのしげはる

Blog「みずき」:長谷川順一という元共産党新宿区議に象徴される今日の日本共産党員の知的水準の頽廃と悲惨。しかし、その老共産党員の知的水準の頽廃と悲惨はもはや「転向」というものでさえないでしょう。いまの日本共産党員は「転向」と呼ぶに値する「思想」すらそもそも所有していない。いまの共産党員にあるのは「地中にひそんで」いて「なかなか死滅しない土俗的な言葉」、すなわち、「〈天皇制〉という語で象徴させることができる」リカバリーされた亡霊の思想でしかない。

吉本隆明は日本における「思想」というものの現実についてかつて次のように述べていました。

『わが国では、(中略)なかなか死滅しない土俗的な言葉が地中にひそんでいる。この土俗的な言葉の百年ちかくもかわらなかった象徴を〈天皇制〉という語で象徴させることができる。わが国で思想の問題というばあい、その時代の尖端をゆく言葉の移ってゆく周期を追うことであり、(中略)二〇年代には〈プロレタリアートへの階級移行〉という思想を体験しながら、四〇年代には〈八紘一宇〉や〈東亜共同体〉に移り、現在では〈社会主義〉と〈資本主義〉の対立と共存という課題にとびうつるということを一生涯に体験できるほどである。また、一つの時代の尖端的な言語が死滅するのは、思想の内在的な格闘によるのではなく、外部の情況によるだけだから、いったん埋葬された思想は、十年あるいは二十年まてばふたたび季節にむかえられて新しい装いで再生することができるほどである 。』(吉本隆明『自立の思想的拠点』)

「わが国で思想の問題というばあい、その時代の尖端をゆく言葉の移ってゆく周期を追うことであ」るというのは、ポピュリズムの再生、復古ということでしょう。それが、いまの日本共産党という政党の現実です。

【山中人間話目次】
・長谷川順一という元共産党新宿区議に象徴される今日の日本共産党員の知的水準の頽廃と悲惨
・朝日新聞の「1強-第2部 パノプティコンの住人」という連載記事はどういうトポスへと読者を誘おうとしているのか? 朝日新聞のジャーナリズムとしての視点が試されている
・日本のメディアのジャーナリズム精神の頽廃は、こういう場面ではなお直截に現われてくる。無意識的なナショナリズム的差別意識の露呈
・徳岡宏一朗さんの「東京新聞、がんばってます」という評価は過大評価にすぎる、というのが私の評価です。
・シリアでのサリン攻撃の真偽について
・茨木のり子の長詩「りゅうりぇんれんの物語」

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