キョウ りゅうこうご

Blog「みずき」:「今日の言葉」の続きとして次のような記事も書きました。その記事の要旨も前文として掲げておきたいと思います。「インターネット紙『リテラ』(2016.12.03付)が「つるの剛士が「保育園落ちた日本死ね」の流行語選定を批判! 親たちの困難を理解せず国家への批判を許さない危険な思考」と題してそのつるの剛士を逆批判しています。リテラのつるの剛士批判はそのとおりでしょう。このリテラの逆批判に私は異議があるわけではありません。しかし、このリテラの記事はつるの剛士批判にとどまらず、その批判を超えて積極的にある匿名ブロガーが書いた「保育園落ちた日本死ね」発言を擁護しています。私はそこに重大な問題性を感じます。私は昨日のFB記事に「日本死ね」発言の匿名ブロガーはレイシストの別称のあるやながせ裕文(東京都議会議員)やおときた駿(同)にシンパシーを持つ心性の持ち主であることを指摘した上で次のように書きました。「こういう人が発信した「日本死ね」発言は「圧倒的な言葉の力」というものではなく、真正の「ののしり言葉」に近いものであっただろうこともおおよそ察しがつきます。やはりこの言葉をもてはやした「リベラル・左派」たちの感性は軽率を超えないたぐいの貧相なものでした」。追記しておきたいのは、この「リベラル・左派」たちの中にはリベラルというよりも左派、もしくは左派に近いといってよい猪野亨さんなどのバリバリの左派弁護士もいるということです。この件について猪野弁護士は次のようなツイートを発信しています。「『ネトウヨ思考と全く同じ。中立を装い、「親」だからとすり替える、行き場を失ったネトウヨがすがりつくのがよくわかる」。ここにはつるの剛士という右翼系人士の批判はあっても、ののしり言葉が氾濫するニッポン社会の負の現実を直視しようとする視点はありません。その視点の喪失、あるいは欠如がニッポン社会をここまで右傾化させてきた最大の要因のひとつとなっているというのが私の現状の読み方です」。

【改めて「リベラル・左派」と称される人たちの感性を疑う】
ある匿名ブロガーが書いた「保育園落ちた日本死ね!!!」というブログ記事の標題が今年の流行語大賞のトップテンに選ばれたといいます。この「日本死ね」という言葉は「ものすごく圧倒的な言葉の力」(春名幹男Twitter 2016年3月8日)などの評価を得て今年の春にある種の「うねりとなって」流行しましたが、このとき私はこの言葉について「ののしり言葉の氾濫を憂う」という趣旨の
否定的な評価を書きました。しかし、その私の憂いなどにはおかまいなく、この言葉はいわゆる「リベラル・左派」の間に爆発的に拡がっていきました。そのとき私はその「リベラル・左派」と称される人たちの感性を疑いましたが、そのときの私の疑いには私のその直感を支える相応の根拠があったようです。ZEDさんのブログ記事で知ったのですが、死ヶ崎(もちろん、ペンネームでしょう)という人がツイッターに次のような投稿をしています。「それはそうと件の「落ちた人」は、やながせ裕文やおときた駿の「韓国人学校」反対ツイートをRTする御仁なのはお忘れなきよう」。ここに出てくるやながせ裕文もおときた駿もともに東京都議会議員で性的マイノリティーに対する差別発言などレイシストとして知られる人たちです。「日本死ね」発言の匿名ブロガーはこのレイシストたちの発信するツイートをしばしばRTしていたというのですからこの人はレイシストの発言に共感する心性の持ち主であったことがわかります。こういう人が発信した「日本死ね」発言は「圧倒的な言葉の力」というものではなく、真正の「ののしり言葉」に近いものであっただろうこともおおよそ察しがつきます。やはりこの言葉をもてはやした「リベラル・左派」たちの感性は軽率を超えないたぐいの貧相なものでした。改めてこの春の拙稿()の問題提起をお読みいただければ幸いです。ちなみにこのとき私とほぼ同様の視点からある匿名ブロガーの「日本死ね」発言を批判したものに朝日新聞の「声」欄に掲載された以下のような投稿がありました。「保育園落ちた日本死ね!!!」と題した匿名のブログが話題となり、賛同する声が広がっています。でも、私は共感する気持ちになれません。待機児童の多さと事柄の重要さは理解しているつもりです。しかし、政治への不満や怒りを表すために「死ね」という言葉を使うのはどうでしょうか。「死ね」という配慮のない言葉が公に放たれ、それが肯定されているかのような現状を、私は大いに残念に思いますし、胸が痛んでいます。例えば、子どもたちのいじめやケンカでこの言葉が使われれば、どんな悪影響を及ぼすか考えて下さい。生きていく希望を奪ってしまうかもしれない言葉なのです。大きな危惧を抱かざるを得ません。そこまで言わせる政府にふがいなさも感じます。しかし、大人が「死ね」という言葉を発信し、社会に蔓延するとしたら、警告が必要ではないでしょうか。」(東本高志FB 2016年12月3日

【山中人間話目次】
・リテラの「つるの剛士が「保育園落ちた日本死ね」の流行語選定を批判!」の逆批判をさらに批判する
・世のカストロ評価の深層に迫ろうとする太田昌国さん(評論家)の心根の位置がよくわかるフィデル・カストロ評
・岩月浩二さんの「イスラエル賛美、ハマスをテロリスト扱いする、これはさすがにあかんでしょう。集中制は嫌いだけど、これは中央の指導が必要かと」という感想について
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