キョウ しょうがいしゃさっしょうじけん

Blog「みずき」:「今日の言葉」は毎日新聞記者の野沢和弘さん(論説室)の「記者の目」から。この記事を書いた記者自身も「重度の自閉症の子の親である」と言います。「あわれみや、やっかいなものを見るような視線を容赦なく浴びてきた。ストレスで心身を病んで仕事を失い、家族が崩壊するのを嫌というほど見てきた」とも書いています。 そうした記者の「真の被害者は誰なのだろうか」という問い。

【真の被害者は誰なのだろうか】
どうにも腑に落ちない。いったい真の被害者は誰なのだろうか。相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で重度の障害者19人が殺害され、27人が負傷した
事件から2カ月あまりが過ぎた。神奈川県は保護者と施設の要望を受けて施設の建て替えをするという。神奈川県警は「知的障害者の支援施設であり、遺族のプライバシーの保護等の必要性が高い」と被害者を匿名で発表した。マスコミの報道も差別や偏見に苦しむ保護者に同情的なものが多い。しかし、植松聖容疑者は「通り魔」ではない。事件の5カ月前まで「やまゆり園」で働いていた元職員である。勤務中には障害者に対する虐待行為や暴言もあった。なぜこんな人物を雇ったのか、どうして指導や改善ができなかったのか、なぜ犯行予告をされながら守れなかったのか……。被害者の家族がそう思ったとしても不思議ではない。もしも保育所で同じ事件が起きたら、施設は管理責任を追及されるはずだ。なぜ知的障害者施設ではそうならないのか。(略)認めたくはないが、親の安心と子の幸せは時に背中合わせになることがある。「保護者の疲れ切った表情」を見て容疑者は「障害者は不幸を作ることしかできない」と考え「安楽死させる」という考えに至る。あきれた倒錯ぶりだが、保護者への同情が着想の根幹の一つには違いない。県警が被害者を匿名発表した理由も保護者への配慮である。マスコミの報道も保護者への共感である。

しかし、被害にあったのは保護者ではない。障害のある子の存在を社会的に覆い隠すことが、本質的な保護者の救済になるとも思えない。保護者に同情するのであれば、そのベクトルは差別や偏見をなくし、保護者の負担を軽減し、障害のある子に幸せな地域生活を実現していくことへ向けなければならない。神奈川県は施設の建て替えを決める前に、障害者本人の意向を確かめるべきではないか。言葉を解せなくても、時間をかけてさまざまな場面を経験し、気持ちを共有していくと、言葉以外の表現手段で思いが伝わってきたりするものだ。容易ではないが、障害者本人の意思決定支援にこそ福祉職の専門性を発揮しなくてどうするのだと思う。横浜市には医療ケアの必要な最重度の障害者が家庭的なグループホームで暮らしている社会福祉法人「
訪問の家」がある。どんな重い障害者も住み慣れた地域で暮らせることを実証した先駆的な取り組みから学んではどうだろう。障害者福祉の現場は着実に変わっているのに、<障害者=不幸>というステレオタイプの磁場の中に彼らを封じ込めようとしているように思えてならない。真の被害者が何も言わないから、許されているだけだ。(野沢和弘(論説室)「毎日新聞」2016年10月12日

【山中人間話目次】
・翁長知事、世論に追い込まれて、「歓迎したい」発言撤回-NHK沖縄放送局
・沖縄のメディアよ。その指摘はそのとおりだ。しかし、まだまだ歯に衣が挟まっている。さらに奮い立て。
・「オバマ氏に三期やらせてみたくなり」気持ちはわかります。が、もちろん、オバマも駄目です。
・第2回大統領候補テレビ討論会(日本語訳・英文全文)
・ホワイト・ヘルメット」を無視するノーベル平和賞の大罪- ニューズウィーク日本版
・オランド大統領よ。あなたにロシアのアレッポ空爆を非難する資格はあるか?
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