キョウ しりあなんみん

Blog「みずき」:保立道久さん(東大史料編纂所名誉教授)の「移民制限を当然のこととしてEUと折衝する」と言い放ったイギリスのメイ首相発言批判。中東問題の原点と中東・移民問題のいまを考える上での根底的な問いというべきであり、問題視点だと思います。「ヨーロッパ帝国主義」という多頭の怪物はアングロサクソン人種主義思想となっていまも領域住民を暴政下に置いている。それが今日の移民問題の本質だと保立さんは言っています。

【多頭の龍=帝国としてのイギリスの無反省】
今日の東京新聞によると
イギリスのメイ首相が、移民制限を当然のこととしてEUと折衝するという。中東の悲劇と戦争の根源にはイギリス・フランス・ロシアが中東を分割したサイクスピコ協定がある。第一世界大戦のなかで行われたオスマン帝国の分割である。大戦の経過からいって、それはドイツにも深い歴史的責任があるのだが、しかし、イギリスは、さらに責任が重い。イギリスはパレスティナ問題の原点を作り出したバルフォア宣言を発した国である。メイ首相の発言は厚顔無恥というものである。イギリスは植民地支配の責任と負担と利権を20世紀にすべてアメリカに渡して自分は局外に立とうとした。そこにあるのは、私はアングロサクソン人種主義だと思う。イギリスも、ドイツもフランスも、中東には責任はないという立場に立っている。ナチス問題は、基本的にはヨーロッパ内部問題の側面が強い。自分たちの内部だけ見て、外をみれないヨーロッパの態度は許し難い。多頭ヨーロッパ帝国である。彼らにとっては各国民国家は目くらましの道具にすぎないのだ。私は、現代の直接の起点をなしている、16世紀のヨーロッパも一種の「世界帝国」であったことは明らかであると思う。たしかにそれは帝国の中枢がポルトガル・スペイン・フランス・オランダ・イギリスなどに分散しており、中心勢力が順次に交替していった点で、むしろ安定した構造をもっていたユーラシアに広がる他の世界帝国とは異なっていた。

しかし、外から客観的にみれば、ヨーロッパも一つの帝国、競合する複数の国家からなる多頭の帝国であったというべきであろう。ヨーロッパの帝国主義は、しばしばいわれるように貪欲な海賊帝国主義、探検帝国主義、あるいは「自由貿易帝国主義」というべきものだったのである。それはいわば多頭の龍=帝国だったのであって、普通の龍=帝国とは比較にならないほど凶暴であった。イギリス帝国はインドとアメリカに対する帝国的支配の上に立って、一八世紀末期から産業革命によって、この多頭の怪物を世界資本主義システムのなかに囲い込んむことに成功した。アメリカ植民地は、イギリスとフランスの敵対関係を利用して独立することに成功したが、しかし、ナポレオンの敗北によって、イギリス・アメリカ関係は復旧し、ここにイギリスを主としアメリカを従とするアングロサクソン帝国が世界に覇をとなえたのである。「こんにち合州国で出生証書なしに現れる多くの資本は、きのうイギリスでやっと資本化されたばかりの子どもの血液である」(『資本論』二四章七八四)といわれるように、アメリカとイギリスの資本関係は一体であり、それは今日までも続いている。アメリカとイギリスがいざとなると助け合うのは見ていて気持ちがわるい。(
保立道久の研究雑記 2016年10月4日

【山中人間話目次】
・澤藤統一郎さん(弁護士)の大西隆学術会議会長批判
・メディアリテラシーを喪失した映画界と自衛隊の際限のない癒着構造
・滔々たる沖縄の歌人たちの声を聴く――内野光子さんの『現代短歌』9月号寄稿文
・国連子どもの権利委員会のアサド政権批判とロシア政権批判
・松岡正剛の「549夜『博徒と自由民権』 長谷川昇」という文章は示唆に富む
・「『おじい』『おばあ』は下品な日本語」問題――最近の応答から(続き)
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