キョウ 流砂

Blog「みずき」:「今日の言葉」は田中利幸さん(前広島市立大学広島平和研究所教授)の昨日ご紹介した内田樹の論に対する明確なアンチテーゼというべき論の抜粋です。同論攷の全文の小見出しは次のようになっています。①『明仁の「玉音放送」について思うこと②問題にすべきは制度そのもの③天皇は平和主義者というとらえかた④戦争責任表明を欠いた慰霊の旅⑤天皇制と民主主義の根本的矛盾。

【進歩的知識人と呼ばれる者たちもことの本質を見落としている】
今年8月8日の「玉音放送」=
ビデオメッセージによる天皇明仁の「生前退位」意向発表の趣旨については、いろいろな憶測がとびかっている。最も有力な憶測の一つは、安部内閣の「壊憲」を懸念する明仁が、明治憲法のごとく「天皇を国家元首」に戻そうという自民党壊憲草案に先手を打つ形で、「象徴天皇制」を維持するための有効な手段として「生前退位」を国民に提案したというもの。つまり明仁と妻の美智子は、きわめて民主主義的な思想をもつ善意の人柄で、安倍晋三などよりはるかに「平和憲法」を深く理解している根っからの「平和主義者」である、という解釈である。(略)

明仁が「平和主義者」であるというイメージは、この数年間、とりわけ彼が妻同伴で行っている「
戦没者慰霊の旅」で国民に強く印象づけられてきた。沖縄を含む日本国内のみならず太平洋の島々にまで足をのばし、「戦没者の霊を慰める」というこの「慰霊の旅」は、明仁夫婦のみならず、二人を見習う皇室一族の「慈悲深さ」を表すものとして、メディアで絶賛され続けている。同時にほとんどの日本国民が、そうした報道をなんの疑問も感ぜず全面的に受け入れ、明仁と美智子を深く尊敬し、二人の仁慈行為をいたくありがたがっているのが現状である。明仁は、各地への慰霊の旅でしばしば「このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」と述べる。しかし、「慰霊」の対象は、ほとんどが戦地に送られ戦死させられた日本兵と、戦闘の巻き添えになった日本人市民である。

日本人だけではなく、犠牲になった数多くのアジア人や太平洋諸島民のことを記憶に留め、同じような歴史を繰り替えさないようにするために不可欠なことは、戦争犠牲者たちは「なぜゆえに、このような悲しい歴史を歩まなければならなかったのか」、「そのような悲しい歴史を作り出した罪と責任は誰にあるのか」という問いである。ところが、明仁の「ありがたいお言葉」には、「悲しい歴史」を作り出した「原因=罪」と「責任」に関する言及は、どの「慰霊の旅」でも常に完全に抜け落ちている。最も重大な責任者であった彼の父親、裕仁の責任をうやむやにしたままの「慰霊の旅」は、結局は父親の罪と責任を曖昧にすることで、国家責任をも曖昧にしているのである。つまり、換言すれば、明仁と美智子の「慰霊の旅」は、裕仁と日本政府の「無責任」を隠蔽する政治的パフォーマンスなのであるが、この本質を指摘するメディア報道は文字通り皆無である。それどころか、日本国家には戦争責任があるという明確な意見を持っている進歩的知識人と呼ばれる者たちの中にさえ、こと明仁の「慰霊の旅」については、この本質を見落とし、明仁尊敬の念を表明する人間が少なくないことに、私は少なからぬ驚きを覚える。(略)

保守政治家、とりわけ安倍のような右翼政治家が天皇制を政治的に利用しようとする理由の一つは、まさに天皇制が持つこの「幻想民主主義創作」機能にある。本来、天皇制という(とくに血筋と家柄、それに男性による特権を基礎とする)身分・階級・差別制度は(誰もが自由で平等という)民主主義とは相容れない制度なのである。ところが今や日本では民主主義国家に天皇がいてあたりまえであり、「平和主義者、民主主義者の天皇がいるから、安倍のような右翼への拮抗力になっている」などという見解が喜んで拡散される。いや、事態は「日本の民主主義にとって天皇制は不可欠」という摩訶不思議な状況になりつつある。(
吹禅 Yuki Tanaka 田中利幸 2016年9月10日

【山中人間話目次】
・天皇は平和主義者」 — 71年前にもあった話のはず-吹禅 Yuki Tanaka 田中利幸
・ETV特集「武器ではなく 命の水を~医師・中村哲とアフガニスタン~」
・民進党代表選批判――よくもこういう無内容な内容をいけしゃあしゃあとしゃべることができるものだ
Secret

TrackBackURL
→http://mizukith.blog91.fc2.com/tb.php/2053-6c823d64