キョウ ちょうせんじんぎゃくさつ

Blog「みずき」:関東大震災時における朝鮮人虐殺と植民地朝鮮の抵抗運動を結びつける視点からの著作に私はまだ触れたことがありません。単に私が知らないだけのことかもしれませんが、おそらくそうした視点からの論攷はこれまで日本では発表されたことがないのではないか? 2003年に『関東大震災時の朝鮮人虐殺―その国家責任と民衆責任』(創史社)を著した山田昭次さんの著作にもそのことの指摘はないようです。そうであれば、鄭玹汀さんの今回の指摘は重要です。鄭さんのこの問題提起を契機に朝鮮人虐殺と植民地朝鮮の抵抗運動を統一的に把捉する日本近現代史の見直しに関わる研究者による新しい論が現れることを私は期待したいと思います。

【日本近現代史における「朝鮮人虐殺」の意味】
9月1日になると、1923年の
関東大震災とともに朝鮮の白い服の人々が、目の前に浮かんでくる。当時、国家権力は"不逞朝鮮人・過激主義者"という仮想の敵を作り上げ、民衆の不安や恐怖心を煽ることに必死になっていた。日本近現代史における「朝鮮人虐殺」を問いつづけていきたい。コーヒーを飲みながら、少し書いてみた。朝鮮人虐殺は、主に国内の問題として捉えられてきた。その限りでの国家責任・民衆責任が議論された。しかし植民地朝鮮の抵抗運動への弾圧が朝鮮人虐殺の最終的な狙いだったことを考えれば、従来の研究ではまだ十分に解明されていないところがある。視野を広げて朝鮮の植民地解放運動に注目してみたい。1920年の尼港事件間島事件青山里戦闘など、満州東部の間島における独立軍 (朝鮮) の抗日武装闘争と日本軍との衝突と、その後の日本国内における朝鮮人虐殺との関連性について考察を深めていく必要がある。また、関東大震災の時、亀戸事件甘粕事件はなぜ起きたのか。それらの事件と朝鮮人虐殺は一つの根源から発生した事件だったにもかかわらず、従来の研究においてはその関連性の解明が十分とはいえない。当時の思想界・文学界の論者たちはこの事件を注目して、数多くの評論、感想、証言、文学作品を残しているが、この問題を総体的に捉える視点の欠如のため、従来は断片的にしか扱われてこなかった。たとえば、〈国家責任〉という時、具体的に何を指すのか、〈民衆責任〉という時、その民衆は主に誰のことなのか、そして事件の根底にある思想的背景を、日本国外との関連という視点で捉え直す必要がある。その関係を確認した上で、国内の思想弾圧の問題などを検討し、立体的に問題をつかみとっていくことが求められる。日本国家は軍主導の帝国主義の拡張によって支えられてきた。日本国内での在郷軍人会の組織化、学校教育における国家主義思想、軍と天皇制国家との関係などの諸矛盾が集約して爆発したのが、朝鮮人虐殺といえる。さらに朝鮮人虐殺事件をアメリカやドイツなどは、どう向き合い、どう捉えていたのか、それについても検討を要する点があると考える。(鄭玹汀フェイスブック 2016年9月1日

【山中人間話目次】
・元朝日記者家族へのツイート脅迫で賠償が確定
・この国にはジャーナリズムを自称するイエロー・ジャーナリズムがなんと蔓延っていることか
・「NHK 貧困女子高生報道を捏造」という捏造記事を書いたビジネスジャーナルもリベラル系ネットメディアといわれるリテラもサイゾー系のメディアである
・この国のテレビメディアはとことん腐れきっている――長谷川豊という自称ジャーナリストについて
・辺野古から「抗議活動に日当」というデマ記事について
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