キョウ はいせん

Blog「みずき」:今回も
加藤哲郎さんの広範な情報をカバーするリンク力(情報収集力)の凄さには圧倒されます。まさに加藤さんはインターネットの利点をフル活用した情報政治学の極北に位置する政治学者と言っても過言ではないでしょう。その加藤さんの史料を駆使した「日本国憲法第1条~9条も、象徴天皇制も自衛隊も、1945−52年の日本占領期=米英・ソ中にとっての世界再編期に創られ、歴史的にかたちづくられました。冷戦史の文脈での問題は、天皇個人ではなく世襲天皇制、災害救援の自衛隊ではなく米国軍事戦略下で活動する「軍隊」です」という指摘は重要です。象徴天皇制論議は抽象的なイデオロギー論争としてではなく、戦後史の史実に基づいて議論されるべきものでしょう

【昭和天皇自身が米軍基地存続を求め、沖縄を切り捨てていた】
8月15日です。この日が「
終戦記念日」とされるのは日本だけで、韓国ではこれが植民地からの解放記念日=「光復節」になります。米英など旧連合国の多くにとっては、71年前の1945年9月2日の戦艦ミズーリ号上での降伏文書調印がVJ Day(対日戦勝記念日)で、旧ソ連・中国・モンゴル等の場合はその翌9月3日であることは、佐藤卓巳さん『8月15日の神話』『東アジアの終戦記念日』(いずれも、ちくま新書)などで、広く知られるようになりました。71年前のポツダム宣言受諾の米英への回答は、8月14日でした。8月15日は、いわば、「玉音放送記念日」でした。ちょうど65年前、1951年の8月は、朝鮮戦争の真っ最中でした。4月に原爆使用を含む中国への攻勢を主張した日本占領の最高責任者マッカーサーは解任され、リッジウェイに代わりました。9月には、サンフランシスコで対日講和条約が結ばれ、同時に、日米安保条約で米軍基地の存続が決定されます。敗戦国日本の独立が、ようやく認められましたが、ソ連や中華人民共和国が加わらない「片面講和」といわれ、沖縄の米軍直接占領統治は手つかずでした。沖縄県ではいまも、サンフランシスコ講和条約が発効した52年4月28日を「屈辱の日」とよびますが、2013年に安倍内閣は、この日を「主権回復の日」にして、沖縄県民の「屈辱」を隠蔽し、在日米軍施設の74%沖縄に集中させたままです。
 
65年前の
サンフランシスコ講和は、外交的に見ると、時の吉田茂首相が米国国務省顧問ジョン・ダレスと渡り合い、米軍駐留を許しながらも「軽武装」での主権独立を獲得し経済発展を可能にした寛大」なものと評価されました。知識人等の理想主義的「全面講和」論に対する老獪な現実主義的選択と言われました。しかし米ソ「冷戦」の緊張時で、朝鮮半島では「熱戦」の真っ最中です。講和条約と安保条約そのものに、米国の対ソ世界戦略が貫かれます。こうした問題を綿密に検討した柴山太『日本再軍備への道』(ミネルヴァ書房、2010年)を再読して、占領とは終戦ではなく敗戦であり、軍事的には戦争の総仕上げであることを、思い知らされました。2段組750頁の大著には、4半世紀かけて米国・英国・日本で収集された公文書・機密文書が第一次資料として用いられています。1951年夏、米国は、ソ連との第3次世界戦争勃発を想定していました。ホワイトハウスでは、8月15日付けで「1951年における日本への共産側攻撃の可能性」と中ソの大規模対日侵攻能力が、トルーマン大統領のもとで検討されていました。サンフランシスコで講和会議が始まる前日、9月3日、東京のGHQ・G2 (参謀二部)では、ソ連は極東で最大15個の原爆を保有し、その戦略爆撃目標は①立川、②横田、③釜山・横浜・佐世保、東京・横須賀と想定され、「第7番目の攻撃目標ながら、GHQ司令部がある第一生命ビル上空で原爆が爆発すれば、米軍の指揮系統や命令組織は壊滅状態になり得る」と対抗核使用をシミュレーションしていました(同書、345頁)。

日本の外交的「独立」は、想定された
第3次世界大戦ソ連の対日核攻撃・北海道侵攻への対抗を含む、当時の米国世界戦略の一環でした。日本側は、その全体像も核軍事作戦計画も知らされずに、軍事的要衝基地にされました。朝鮮戦争勃発時に作られた警察予備隊も、米軍指揮下で国内治安維持ばかりでなく対ソ防衛にあたる「軍隊」としての性格を刻印されていました。やがて保安隊・自衛隊へと、人員を増やし装備を拡張していきます。かつて統治権と一体で天皇に託されていた「統帥権」=軍事大権は、事実上米国に移管されました。昭和天皇自身、米軍基地存続を求め沖縄を切り捨てていたことは、その後の研究でも柴山氏の書物でも、確認されています。最近、平成天皇のビデオメッセージをめぐって、「第二の玉音放送」とも「第二の人間宣言」とも言われ、「象徴天皇制」論議が始まりました。日本国憲法第1条~9条も、 象徴天皇制も自衛隊も、1945−52年の日本占領期=米英・ソ中にとっての世界再編期に創られ、歴史的にかたちづくられました。冷戦史の文脈での問題は、天皇個人ではなく世襲天皇制、災害救援の自衛隊ではなく米国軍事戦略下で活動する「軍隊」です。今日、大新聞の号外が出たそうです。戦没者追悼式典でも安倍内閣閣僚の靖国神社参拝でもなく、地球の裏側のオリンピックでの日の丸と銅メダルだとか。街ではパチンコ屋の駐車場がいっぱい。南スーダンでのPKO犠牲者速報でなかったことで、良しとすべきなのか。1937年とも、1951年とも比較したくなる、10年ぶりの日本での憂鬱な夏です。(加藤哲郎のネチズン・カレッジ 2016.8.15

【山中人間話目次】
・辺見庸の天皇制に関する2年前の所感――天皇制の底流にある「優越民族観念」とその湿った襞について
・高江ヘリパッド中止求め決議 米国初、最大規模の退役軍人の会
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