キョウ てんのうせい4

Blog「みずき」:本日の天皇の「生前退位」に関するビデオメッセージを承けて共産党委員長の志位氏はツイッターで次のような発信をしています。「高齢により、『象徴』としての責任を果たすことが難しくなるのではないかと案じているというお気持ちは、よく理解できます。政治の責任として、『生前退位』についての真剣な検討を行うべきだと思います」、と。同じ天皇の「生前退位」問題について評論家の太田昌国さんは「天皇という地位に留まったままで、彼が何を言おうと何をしようと、それは、真の民主主義に悖る天皇制を護持し延命させるための口実としてしか機能しない。「生前退位」の意向とて、その例外ではない」と述べていますが、象徴天皇制をどのように見るかについて太田さんと志位氏との認識の差異は天と地ほどの違いがあります。象徴天皇制を「真の民主主義に悖る」と見るかどうかの差異というべきものです。私は太田さんの認識の方が明らかに正しいと思いますが、象徴天皇制評価に関して共産党もかつては太田さんと同様の見方をしていたのです。「今日の言葉」はその共産党の思想的後退を鋭く指弾している16年前のさざ波通信編集部の言葉です。16年前の指摘ですが「今日の言葉」として適切だと私は思います。

【かつて共産党は天皇条項を「反動的条項」と言い切っていた】
今回の決議案(Blog「みずき」:
第22回大会決議、2000年9月20日)において、天皇問題については次のように述べられている。「日本共産党は、当面の日本の民主的改革において、憲法の進歩的条項はもとより、その全条項をもっとも厳格に守るという立場をつらぬく。この立場は、わが党が野党であっても、政権党になったとしても、同じである。わが党がめざす民主連合政府は、政府として、憲法第99条にもとづいて現行憲法を尊重し、擁護する立場にたつ政府である。天皇制についても、いまわが党がもとめているのは、憲法でさだめられた国政への不関与(第4条)、国事行為の範囲の限定(第6・7条)などを、厳格に守ることである。21世紀の日本の未来を、より大きな視野で展望したときに、社会の発展にともなって、憲法も国民の総意にもとづいて発展することは、当然のことである。天皇制も、国民主権との矛盾をはらんだ存在として、永久不変の制度ではありえない。」

わが党は「憲法の進歩的条項はもとより、その全条項をもっとも厳格に守るという立場」だそうである。自衛隊の活用論を唱えることで、すでに憲法の「全条項をもっとも厳格に守る」という主張は空しいものになっている。それに加えて、この決議案における天皇条項に対する態度は何とおよび腰なのだろうか? 天皇制が国民主権に反するとはっきり言うことさえできず、「矛盾をはらんだ」といった婉曲表現しか用いていない。そして、天皇制の廃止は民主主義革命の目標の一つとして明確に綱領のなかで書かれているにもかかわらず、この決議案においては、獲得目標としてではなく、あたかも21世紀の長い長い時間(100年もある!)の中で自然と日程に上ってくるものであるかのように書かれている。18世紀か19世紀の遺物にすぎないこの時代錯誤の反動的制度に対する何と臆病でうやうやしい態度であることか

15年前に行なわれた
第17回党大会の決議はいったい天皇制について何と言っていたか、思い起こしてみよう。「わが党は戦前の「翼賛政治」に反対した唯一の党として、戦後の憲法制定時、専制的天皇制支配を排し、徹底的な民主化を要求する見地から、天皇の象徴化など現行憲法の反動的条項に反対し、主権在民をもりこませるなど、より民主的な憲法を実現するために奮闘した。反動勢力が憲法改悪、天皇の元首化をくわだてている今日、憲法制定時にわが党のとった態度の正しさは、いよいよ明白となっている。」(『前衛 日本共産党第17回大会特集』89頁)天皇条項を「反動的条項」と言い切り、憲法制定時にそれに反対したことの「正しさは、いよいよ明白となっている」とこの決議は述べている。この問題をめぐっても、現在の党指導部の陥っている堕落の深刻さがよくわかる。(さざ波通信編集部 2000/10/26-28

【山中人間話目次】
・今日8日の午後3時からビデオメッセージという形での天皇の「生前退位」表明がある
・全国の記者諸氏に告ぐ。“お言葉”や首相コメントの前で思考停止になってはいけない
・平安名純代さんの「『連帯』を装った加害者(安倍昭恵、三宅洋平)の行動を沖縄は容認しません」
・坂井定雄さん(龍谷大学名誉教授:中東政治、元共同通信記者)のトルコ・クーデター未遂事件エルドアン大統領陰謀説
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