キョウ とちじせん10  
Blog「みずき」:私は1967年の東京都知事選で美濃部都政が誕生したときの湧き立つような興奮を覚えています。京都府の蜷川府政、横浜市の飛鳥田市政という老舗の革新自治体は別格として、以後、1971年には黒田大阪府政、72年には屋良沖縄県政、畑埼玉県政、74年には武村滋賀県政、75年には長洲神奈川県政と革新自治体が次々と誕生していきました。いまは、かつてそういう時代があったということが夢のようです。いまという時代は1930年代にも比較される戦前回帰を予兆させる。そういう時代です。若者たちはかつてそういう時代があったということをもちろんリアルタイムの目では知りません。いまの若者たちにそのリアルタイムの肌感覚を体感してもらいたい。その体感はきっと自身が態度を決めかねているときの道標のようなものになるでしょう。そう思うのはかつて若者だった私のセンチメンタリズムにすぎないのでしょうか? 「人の世に熱あれ、人間(じんかん)に光りあれ」とはかつて水平社宣言を発した若者たちの言葉です。その若者たちの言葉を私はいま、2016年東京都知事選挙の投票をしようとするすべての有権者のみなさんに贈りたいと思います。

【「人権・平和・憲法を守る」志のある者は、鳥越俊太郎候補支持に総結集を】
あと2日。
2016都知事選の選挙運動期間は、今日(7月29日)と明日しか残されていない。全力で鳥越候補を押し上げたいと思う。私は、鳥越という人物を個人的に知っているわけではない。その人格に過度の思い入れはない。その特別の能力や識見に期待しているわけでもない。しかし、いま、客観的に都知事候補鳥越俊太郎は、「ストップ・アベ暴走」の最前線にいる。さらに正確には、鳥越俊太郎を都知事候補に押し上げようという運動が、壊憲と護憲のせめぎあいの最前線にあるというべきである。野党4党が統一して、「人権・平和・憲法を守る東京を」と公約とする鳥越を推しているのだ。護憲のための野党共闘の効果についての試金石ともなっている。しかも、何度も繰り返すが、今回はこれまでとは違う。千載一遇のチャンスなのだ。これまでは幅広い野党共闘は望むべくもなかった。これまでの都知事選では、野党が割れ、与党側の圧勝を許した。07年の選挙では浅野史郎の惜敗率(当選者に対する得票率)は、60.23%、吉田万三22.39%であった。2011年選挙では、東国原64.36%、小池晃23.86%。野党が統一できていれば、善戦はできたのだ。だから、2012年都知事選では曲がりなりにも社共の共闘ができて、大いに期待した。しかし、宇都宮健児の惜敗率は22.33%という泡沫候補並みの惨敗だった。吉田万三、小池晃のレベルに達しなかったことは、共闘のあり方が厳しく問われなければならない。記憶に新しい2014年選挙でも、野党統一はならず、舛添の独走を許した。

今回選挙で、これまでにない幅の広い野党統一が実現している。そして、自公の与党勢力が割れているのだ。いまこそ、「人権・平和・憲法を守る」志のある者すべてが総結集してこの千載一遇のチャンスを生かさなければならない。鳥越候補の公約やスローガンは全面的に支持できる。彼の演説の内容も、首都のトップの姿勢として評価してしかるべきだ。彼が公約として掲げる「人権・平和・憲法を守る東京を」「憲法を生かした『平和都市』東京を実現します」というには全面的に共感する。「多様性を尊重する多文化共生社会をつくります。男女平等、
DV対策、LGBT施策、障害者差別禁止などの人権施策を推進します」「非核都市宣言を提案します」もだ。鳥越が、選挙演説で述べた、「1に平和 2に憲法 3に脱原発」のスローガンは、彼ならばこそのもの。「非核都市東京宣言」もよし。都政については、『住んでよし、働いてよし、学んでよし、環境によし』。そして、聞く耳を持っていることの自負が大切だ。上から目線の人でないことは確かではないか。あと2日。今後の野党共闘継続のためにも、そして何よりも憲法の命運のためにも、できるだけのことをしなければならない。(澤藤統一郎の憲法日記 2016年7月29日
 
【山中人間話目次】
・「お前らは不要だ、邪魔だ」という感覚を私たちは無自覚のうちにまだ共有しているのではないか――弁護士清水勉さんの問題提起
・「森川文人弁護士の反省と9・6集会に向けての決意
・集団リンチ事件の加害者とその隠蔽の問題の重要性が主水なる人間の救いようのなさによって低下するわけではない」という金光翔さんの問題提起

【山中人間話】




関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://mizukith.blog91.fc2.com/tb.php/2008-f8ac9dec