阿久根市の祭り

この16日、鹿児島県・阿久根市で竹原信一前市長(51)が解職請求(リコール)住民投票で失職したことに伴う出直し市長選挙がありましたが、即日開票の結果、リコール運動を進めた市民団体「阿久根の将来を考える会」発起人で新人の西平良将氏(37)が3選を目指した竹原氏を864票差で破り、初当選を果たしました。

この結果について私は次のような寸評を書いていくつかのメーリングリストに発信しました。

阿久根市長にリコール運動を進めた市民団体の発起人で新人の西平氏良将氏(37)が竹原信一前市長(51)を破って初当選しました。864票差でした。

日本列島本土の最南端の地の鹿児島でポピュリズム市政の一角がとにもかくにも崩れ去ったわけでほんとうによかったです。

竹原阿久根市政のこれまでの数々の悪政、問題点については下記をご参照ください。

■阿久根市長問題(弊ブログ 2010/3/29?2010/9/16)
http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi/folder/268124.html?m=l

次は河村名古屋ポピュリズム市政、石原東京ポピュリズム都政に決定的な終止符を打つ必要があるのですが・・・・ 名古屋市議会解散の賛否を問う住民投票は明日告示されます。また、名古屋市長選挙も23日告示されます。そして、東京都知事選挙も・・・・

【報道記事】
■阿久根市長に西平氏初当選 竹原氏に864票差(南日本新聞 2011年1月16日)
http://373news.com/modules/pickup/index.php?storyid=29532
■阿久根市長に西平氏が初当選 出直し選、竹原氏及ばず(共同通信 2011年1月16日)
http://www.47news.jp/CN/201101/CN2011011601000117.html

この私の記事についてCML(市民のML)というメーリングリスト上で下記のような反論がありました。

Re: 阿久根市長に西平氏初当選 南のポピュリズム市長竹原氏を破る 864票差(CML 2010年1月17日)
河村名古屋ポピュリズム市政、石原東京ポピュリズム都政の問題について異論はありませんが、それと竹原信一氏を同列に論じていいか疑問があります。竹原氏の落選はポピュリズム政治の弱める方向ではなく、強める方向に働くのではないかと思います。
日本の問題は官僚とマスメディアが結びついていることで、竹原氏はマスメディアによって悪人とされました。この点が河村氏や石原氏とは決定的に相違します。竹原氏の落選を喜ぶことはポピュリズム政治の打倒に逆行するのではないかと思っています。

以下は、同反論に対する私の再反論です。弊ブログにも再録しておきたいと思います。

      *

林田さん、ご意見拝読させていただきました。

林田さんのご意見の論旨は「日本の(政治の)問題は官僚とマスメディアが結びついていることにある。しかし、竹原阿久根前市長はそのマスメディアと結びつくどころか逆に同メディアを敵に回して戦ってきた。ゆえに竹原氏の落選はポピュリズム政治の弱める方向ではなく、強める方向に働くだろう。竹原氏を河村名古屋市長や石原東京都知事と同列に論じることはポピュリズム政治の打倒に逆行することになる」というもののようです。

しかし、「竹原氏はマスメディアを敵に回して戦ってきた」という林田さんのご判断は前提となる事実認識に誤りがあるように私は思います。

竹原氏が議会から2度の不信任決議を受け失職し、出直し市長選で市長に再選されたのは2009年5月31日のことです。下記の弊ブログ記事に引用しているマスメディア記事はこの時点では必ずしも批判的ではなく、どちらかといえば竹原市政に好意的なスタンスをとっています。

■阿久根市長問題(1)「ヤッホー! 市民派市長再選される」という呆れた投稿について―阿久根ブログ市長の「革命」と橋下大阪府知事の「革命」の危険な類似性(弊ブログ2010年3月29日付。ただし、実際の執筆は出直し阿久根市長選のあった翌日の2009年6月1日付。同弊ブログ記事は左記の2009年6月1日付記事を再録したもの)
■上記ブログ記事において引用している西日本新聞記事(2009年6月1日付。ただし転載されたもの)
■上記ブログ記事において引用している南日本新聞記事(2009年6月1日付)
■上記ブログ記事において引用している朝日新聞記事(2009年6月1日付。ただし転載されたもの)

鹿児島の地元紙の南日本新聞は同年同月4日付記事でも2期目に入ろうとする竹原市政を次のように評価しています。

2期目に入った「竹原流」改革の行方は、いまだ“視界不良”のまま。竹原市長に将来を託した市民の期待にこたえ、議会での理解を得るためにも、改革の具体的な手順や道筋をできるだけ早く示すことが、いま求められている。」(「阿久根 竹原市長再選 改革の行方」(下))

上記の南日本新聞の竹原市政評価は「「竹原流」改革の行方は、いまだ“視界不良”」というもので、ここにはいまだ明確な竹原市政批判は見られません。他のマスメディアの論調も同様です。

マスメディアがいっせいに竹原市政批判を強めていくのは、竹原市長が「裁判所の決定を無視して市職員の職務への復帰、給与の支払いを拒否したままであったり、自身の個人ブログに障害者を差別する記述をしたことをメディアや市民に批判されると逆に居直って、「日本の裏社会を構成している主な要素はヤクザと同和そして在日」などと一段とエスカレートさせた差別的な記述を自身のブログにさらに書き連ねたり、 メディアの市庁舎内での撮影を原則禁止にして国民の知る権利、報道の自由に挑戦する姿勢を見せたり」(弊ブログ、2010年3月29日付)と、自治体の首長としてというよりも一個の人間としてもとてもまっとうとはいえない破廉恥蒙昧ぶりを繰り返しだした頃からのことです。

こうした政治家、自治体首長の破廉恥蒙昧ぶりをメディアが批判的にとりあげ、報道することは、「官僚とマスメディアは結びついている」とか「(竹原前市長は)マスメディアを敵に回して戦ってきた」とかいうこととはまったく別次元のことというべきであり、むしろ「権力の監視者(ウォッチドッグ)」としてのメディアの決定的に重要な役割のひとつというべきものでしょう。メディアは権力の虚と濫用を世に暴きだす役割を負って現代社会に登場しているのです。これはジャーナリズムの常識というべきものです。

にもかかわらず、メディアの竹原前阿久根市長批判は弊ブログ記事にも書いていることですが、メディアのそれとしてはむしろ中途半端なものでした。左記の弊ブログ記事に引用している朝日新聞記事は官と民間の格差問題の本質を誤って適示し、結果として当時の竹原市政のむしろ応援歌になりおおせている、というのが私の見るところです。

また、これも弊ブログ記事で指摘していることですが、マスメディアの朝日新聞系列の「AERA(アエラ)」2010年8月9日号では竹原阿久根市政を進んで評価しようとさえしています。私の見るところ同紙以外の新聞、週刊誌を含む多くのメディアも同様の傾向を示していました。

以上見てきたところが林田さんが「竹原氏はマスメディアを敵に回して戦ってきた」と判断されるマスメディアと竹原氏の関係の実態です。林田さんとは逆にマスメディアはこれまで竹原ポピュリズム政治に消極的、積極的に手を貸してきた、というのが私の判断なのです。竹原氏の落選は決して「ポピュリズム政治を強める方向に働く」ことはなく、(長い目で見て)ポピュリズム政治の終焉と凋落の第一合目、というのが私の判断でもあります。

竹原前阿久根市政のポピュリズム性、橋下大阪府知事や河村名古屋市長、石原東京都知事の唱える「革命」なるものの危険な類似性については何度も重複引用して恐縮ですが、こちらで指摘しています。再度、お目通し願えれば幸いです。

もともと同記事は、竹原前阿久根市長が再選された翌日の2009年6月1日に「ヤッホー! 市民派市長再選される」、「すごいね。真実を知った市民のパワーを思い知ったかい?」などと空騒ぎする何人かの「平和」市民のなんともアホらしい投稿を見て、その認識のあやまちに気づいていただくために認めたものでした。
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