キョウ だいごさとし

Blog「みずき」:醍醐聰さん(東大名誉教授)は言う。「前回の都知事選にあたって私は宇都宮健児氏の立候補表明、同氏の行政人としての力量と資質、過去の宇都宮選対の非民主的体質などをこのブログで厳しく批判した。その指摘に対し、今日まで宇都宮氏本人からも宇都宮選対の幹部(政党、個人)からも誠意ある応答は直接にも間接にも全くなかった。そうである以上、私の宇都宮氏とその選対幹部に対する評価は今も変わらない」、と。私は醍醐さんの意見にまったく同意するものです。しかし、醍醐さんは次のようにも言う。「首都東京といえで(ど)も、一地方自治体である。辺野古移設を強行しようとする政府の姿勢を沖縄の自治権侵害と訴える野党が、東京都の知事選となると、東京都の自治権を無視するかのように党中央が候補者選考の前面に出るのはどういうことなのか?」、と。正論と言うべきですが、疑問もあります。野党の共同候補選考の過程で中央執行部の意図と意志を無視して共同候補としてまとまるはずもない右翼的な人物を候補者として次々に名前をあげるなど独断専行的に暴走してきたのは民進党都連側ではなかったか。地方の自治権を無視するのはもちろん問題ですが、党中央の意図と意志(組織論的には組織総体の意図と意志とみなせる)を無視して独断専行的に暴走してきた都連側の行為もまた問題というべきです。その点についての醍醐さんの考察はありません。この問題についてはもう少し大所高所からの見方も必要というべきではないか。民主主義の意思決定は本来構成員全員の合意によって成立するはずですが、「中央」も「地方」もそれぞれ構成員の一端でしかないのです。それらを総合したものの見方。それが民主主義の見方というものではないか。

【政策、公約が不在のまま4党の合意で候補者だけが決まるというのも異常】
前回の都知事選にあたって私は
宇都宮健児氏の立候補表明、同氏の行政人としての力量と資質、過去の宇都宮選対の非民主的体質などをこのブログで厳しく批判した。その指摘に対し、今日まで宇都宮氏本人からも宇都宮選対の幹部(政党、個人)からも誠意ある応答は直接にも間接にも全くなかった。そうである以上、私の宇都宮氏とその選対幹部に対する評価は今も変わらない。今回の都知事選にあたって、野党統一というより、市民共同を願う立場からすると、宇都宮氏がまたも、都政の刷新を望む政党、市民団体、個人の協議を待たず、立候補の意向を表明したことに賛同できない。共同候補を検討する協議を困難にし、市民団体に分断を引き起こす要因を生んだことは否めないからだ。(略)

では、野党各党や市民団体は、この間、政治・行政面で信頼に足る力量と資質を備え、なおかつ、「勝てる可能性」を十分に持った共同候補を模索する努力をどれほど尽くしてきたのかとなると、きわめて不透明で怠慢である。
鳥越俊太郎氏のジャーナリストとしての経験と力量は私も十分に評価している。告示日が迫る中、大詰めの段階で鳥越氏が野党統一候補者となったことも理解できる。しかし、それで、胸をなでおろし、あとは鳥越氏勝利のために頑張ろう、では都民不在である。それでは、判官びいきではなく、「知名度頼み、政策不在の候補者選び」という宇都宮氏の批判に一理がある。(略)こうした都民に向ける政策、公約が告示日の前日になっても不在のまま、4党の合意で候補者だけが決まるというのは異常である。(略)遅きに失したとはいえ、私は鳥越俊太郎氏が野党と市民団体の共同候補にふさわしい、都民に信を問うに足る、充実した政策を一日も早く練り上げ、都民に示すことを強く要望する。(醍醐聰のブログ 2016年7月13日

【山中人間話目次】
・今日から都知事選が始まる。中道であれ、なんであれ、自民党保守政治の続行を許すわけにはいかない。私たちがいま立っている場所はここだ。ここから始める以外ない
・今回の天皇の「生前退位」報道は安倍官邸方面からのスピンコントロール(情報操作)というのがどうやら実相である
・改めて「リベラル」なるものの人を見る目のなさを思う-ベストセラー『日本会議の研究』の著者、菅野完(noiehoie)の性的「暴行」事件について
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