キョウ おなが3

Blog「みずき」:翁長知事は「米軍属による女性暴行殺人事件に抗議する県民大会」を前にした県庁での16日の記者会見で「『海兵隊の撤退』は『全面撤退』ではないと思う」と述べているようですが、この翁長知事の認識は事実に反するでしょう。
2016年5月26日付けの朝日新聞が「在沖海兵隊すべての撤退要求を県議会として決めるのは、1972年の本土復帰後初めて」という沖縄県議会事務局のコメントを取材して掲載していますが、同記事はこの件に関する翁長知事の認識の誤りを示すひとつの傍証になっています。あったことをなかったことのように言う不誠実な態度は沖縄県知事としてはもちろん、辺野古基地建設反対運動のリーダーとしてもふさわしいものではありません。私からもそのことを指摘しておきたいと思います。

【「海兵隊の撤退」要求は「全面撤退」ではじめて一定の意味を持つ】
「慰霊の日」の「沖縄全戦没者追悼式典」(県主催)で翁長雄志知事が行った「
平和宣言」に対し、「人権と平和守る要求だ」(24日付琉球新報社説)などと、全面的に賛美する論調が蔓延しています。しかし、「平和宣言」の内容をリアルに検証するなら、それはとうてい評価できるものではありません。むしろ、重大な後退を指摘せざるをえません。「平和宣言」の中で翁長氏はこう言いました。「日米両政府に対し、日米地位協定の抜本的な見直しとともに、海兵隊の削減を含む米軍基地の整理縮小など…直ちに実現するよう強く求める」これに対し琉球新報は社説(24日付)で「海兵隊削減を『平和宣言』に盛り込むのは初めてだ」「19日の県民大会も海兵隊撤退を掲げた。『平和宣言』に盛り込むのは自然の流れだ」と手放しで評価しています。きわめて奇妙な論説です。県民大会決議が掲げたのは「海兵隊の撤退」。翁長氏が「平和宣言」で言ったのは「海兵隊の削減」。「撤退」と「削減」はまるで違います。その違いを承知の上で、翁長氏が「撤退」から「削減」に変えたことをなぜ見過ごすのでしょう。なぜ批判しないのでしょうか。翁長氏は「平和宣言」で、県民大会決議の「海兵隊の撤退」を、あえて「海兵隊の削減」に後退(変質)させたのです。

21日の当ブログ(「
『海兵隊の撤退』に背を向ける翁長知事」)でも書いたように、翁長氏は16日の記者会見で「『海兵隊の撤退』は『全面撤退』ではないと思う」と、県民大会決議の意味を後退させました。そして、大会当日の「あいさつ」ではさすがに「撤退」の言葉を省くわけにいかず、「海兵隊の撤退・削減」と述べ、2つを並列させました。そして「平和宣言」ではついに「撤退」の方を削除し、「削減」だけにしてしまったのです。「知事は内容を吟味した上で発する平和宣言で『撤退』ではなく『削減』という言葉を選んだ」(24日付琉球新報)と報じられています。「撤退」削除が翁長氏の深謀遠慮の結果だったことは明らかです。「海兵隊の撤退」要求は、「全面撤退」ではじめて一定の意味を持つものです。「削減」ではなんの力にもなりません。米政府ですらすでに在沖米軍海兵隊2万人のうち約9千人を「削減」してグアムなどへ移す計画を持っているのです。参院選に立候補している島尻安伊子氏(自民)と伊波洋一氏の「政策比較表」(22日付琉球新報)によると、「在沖海兵隊」の項目では島尻氏でさえ「削減すべき」と答えているのです。伊波氏の主張は「全て撤退すべき」です。翁長氏の主張がどちらの側に立つものであるか明らかでしょう。そもそも、県民の怒りの要求は、「基地の全面撤去」です。それが「オール沖縄」主催の県民大会決議で「海兵隊の撤退」に後退し、さらに翁長氏の「平和宣言」で「海兵隊の削減」になったのです。この変遷(後退)はきわめて重大であり、けっして容認できるものではありません。(アリの一言 2016年06月24日
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