キョウ うちだじゅ
SEALDsと安全保障関連法に反対する学者の会

Blog「みずき」:「きまぐれな日々」の主宰者のkojitakenさんの下記の論と本エントリ下段の「山中人間話」の私の安全保障関連法に反対する学者の会及びSEALDs批判には現在ニッポンの政治、とりわけこれまで「革新」と称されてきたニッポンの政党の底知れない「右傾化」批判という点で通底する認識があるだろうと私は思っています。あわせてご参照していただければ幸いです。そして、現代ニッポンの底知れない政党の「右傾化」への憤りを共有していただければ幸いに思います。

【いま「革新」政治が崩壊の時代に突入している】
政治家たちには「転向」が相次いでいる。少し前には鈴木宗男が娘の鈴木貴子の自民党移籍を画策した。いつまでも民主党(現民進党)にいては将来がないと判断したからだろう。つい最近には、おおさか維新の会が、田中康夫を参院選東京選挙区候補として擁立する意向だと報じられた。鈴木宗男と田中康夫は、いずれも小沢一郎に近いとされた政治家だ。しかし、彼らの「転向」を批判する声は、リベラル・左派、特に7年前の「政権交代」に熱狂した人たちからはほとんど聞こえてこない。鈴木宗男についていえば、先の衆院北海道5区補選で「野党共闘」の池田真紀候補が敗れたのは、宗男票が寝返ったからだとの「慰め」の言説のダシにされただけだ。この俗説を広めたメディアの一つに「日刊ゲンダイ」があったが、これが誤りであることを、私は「
kojitakenの日記」で示したが、「日刊ゲンダイ」の欺瞞に満ちた麻薬的なコンソレーションに自ら進んで騙されようとする人間が続出するほどにも、リベラル・左派の心は弱くなっている坂野潤治の言う「異議を唱える者が絶え果てた『崩壊の時代』」とはこのことだ、との感を最近ますます強めている。坂野潤治はこの言葉を1937年7月7日の盧溝橋事件以降敗戦までの時代に対して使ったが、2013年の毎日新聞のインタビューで坂野は、2012年末の総選挙で第2次安倍内閣が発足して、現代日本も「崩壊の時代」に入ったと語った。(略)

坂野潤治の言葉通り、安倍政権の経済政策はいまや崩壊しつつあるが、この3年間野党が「固定化した格差を縮小する構想を練って」いたかといえば、答えはノーだろう。せいぜい今回の政局で、民進党の岡田克也が安倍晋三の先手を打って国会の党首討論で消費増税延期を提言して得意げになっているくらいのものだ。これではきたる参院選での「野党共闘」の勝利など到底望めないだろう。また、坂野氏の言う「成長による格差縮小」は、多くの経済学者の主張とも共通する、いわば「常識」だと思うが、「リベラル」の間に相も変わらず蔓延していたのは、自身は紛れもない
富裕層の人間である内田樹「脱成長」論だった。現在のリベラル・左派論壇の膠着状況には目を覆うものがある。3年前の記事では、坂野潤治の「あの時(1937〜45年の「崩壊の時代」=引用者註)は戦争に負けて焼け野原になったように崩壊の形が目に見えた。しかし今回はこの国の体制がどういう形で崩壊するのか、その姿すら浮かびません」という言葉を引用した。悪いことに、それは今なお当てはまり続けている、というより、3年前にはあまりピンとこなかったその言葉の実感が、ここにきてますます強まっている。(きまぐれな日々 2016.06.06
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