キョウ おばま6

Blog「みずき」:醍醐聰さん(東大名誉教授)は本記事で日本のメディアのオバマ訪広に関する「空気による世論形成」の異常さを指摘されていますが、とりわけ同記事中にある日本被団協事務局次長の藤森俊希さんのオバマの訪広期間中「私は、メディアの方からたくさん取材を受けましたが、そのほとんどの人がなんとか私の言葉からオバマ大統領への謝罪を求めないという言葉を引き出そうとしておりました」という発言はメディアがオバマ訪広に関して意図的に「空気による世論形成」づくりをしていたことを示す証言として私たちは記憶に留めておくべきだと思います。ここで思い出されるのはすでに60年以前に「知識人の転向は、新聞記者、ジャーナリストの転向からはじまる」(1956年)と喝破していた丸山眞男の指摘です。そのとおりのことがいままさにオバマ訪広によって露わになっています。このメディアの転向に加えてこれまで指摘してきたようにいまニッポンでは政党、市民運動の転向も甚だしいものがあります。いまのニッポンの状況は恐るべき事態といわなければなりません。

【日本被団協事務局次長の藤森俊希さんの発言の意味】
5月27日夕刻、広島平和公園で演説を終えたオバマ米大統領が目の前で演説を聴いた日本原水爆被害者団体協議会(略)代表委員の坪井直さんと笑みを浮かべながら握手を交わし、同じく感極まって涙ぐむ被爆者の森重昭さんを抱きしめる姿がテレビ、新聞に大きく掲載された。原爆投下をめぐる歴史的和解を演出するのにふさわしい映像となった。また、原爆投下への謝罪はしないという条件でオバマ大統領が広島を訪問することが決まって以降も、「
謝罪を巡り揺れる被爆者」(『朝日新聞』2016年5月13日)といった記事が見られた。しかし、それから10日後には「『謝罪求めない』78% 被爆者115人アンケート 米大統領訪問優先の傾向」(共同通信調査、『東京新聞』2016年5月23日)という記事が大きく掲載され、<被爆者の多数は謝罪を求めていない>が定説になった感があった。ところが、5月28日、ネットでこの問題に関する情報を検索しているうちに、日本被団協事務局次長の藤森俊希さんが5月19日に日本外国特派員協会で行った記者会見で気になる発言をしていたことを知った。(略)

私が注目した箇所はいくつかあったが、この記事のタイトルに関わる藤森さんの発言録を摘記しておく。(略)内の数字は各発言の開始時刻。(15:20~)「藤森 私たち被爆者が〔5月18日にまとめた要望書で〕最初にアメリカに対して掲げているのは、あの原爆投下は人道に反し、国際法に反したものだと大統領が確認するということです。その非人道的で国際法に違反する原爆投下について謝罪することを以て、その違法性、非人道性を確認することを私たちは要求しています。」(29:03~)「藤森 この間、私は、ここにいらっしゃる方ではありませんけれども、メディアの方からたくさん取材を受けました。そのほとんどの人がなんとか私の言葉からオバマ大統領への謝罪を求めないという言葉を引き出そうとしておりました。要するに、オバマ大統領がサミットのあと、広島へ来られるように雰囲気として謝罪しないというムードを盛り立てようという力が働いたのだと思います。その力がどこから働いたかはちょっと控えておきます。でも、多くの被爆者は謝罪しなくていいとは思っておりません。」

このような藤森さんの発言と、5月28日、夕刻のTBS「報道特集」が「
歴史的瞬間!大統領の演説に被爆者は・・・」と題して放送した番組のなかで中国放送の小林秀康キャスターが発言した次の言葉と重ね合わせて、いまさらながら「空気による世論形成」の薄気味悪さを痛感した。「小林康秀 ・・・・オバマ大統領の訪問を多くの被爆者、広島市民が好意的に受け止めています。しかし、訪問が取りざたされてから気になっていたのは、大統領が来ると言う事実ばかりが重視されてしまいまして、アメリカに謝罪を求める声であるとか、原爆投下の是非を議論するといったような声を発しにくい空気があると感じたんですね。少なからず、そう思っている被爆者や広島市民はいます。それは過去のあやまちを認めなければ、未来も同じことを繰り返してしまうのではないかという思いからなんですけれども。だからこそ、オバマ大統領が来たということだけで浮かれてはいけないと思うんです。(略)」空気によって作られる世論・・・・・わが国の民意の質を考える時、避けて通れない重いテーマである。(略)

それにしても、広島の被爆者に向かってオバマ大統領に謝罪を求めるかと問いかけること自体、愚問である。藤森さんも発言したとおり、被爆者が謝罪を求めるか否か以前に、原爆投下による民間人の殺傷は国際法に反する反人道的違法行為である。それは真珠湾奇襲で日本軍が多数の米国人を殺害した事実と相殺できるはずがない。そうした原爆投下で一瞬に生を断ち切られた人々、さらに言えば、戦争末期に日本各地で行われた米軍による無差別空襲で命を絶たれた多くの人々の意思を誰が代弁できるのか? 彼らの無念を置き去りにして「被爆者の8割は謝罪を求めていない」などと報道する無神経さを指摘する人間が見当たらないことこそ異常である。(
醍醐聰のブログ 2016年5月31日
Secret

TrackBackURL
→http://mizukith.blog91.fc2.com/tb.php/1950-f318070b