キョウ おばま4

Blog「みずき」:今回のオバマ訪広はこの国のマス・メディアには批判精神が根底的に欠如していることを私たちの目の前に否応なく改めて突きつける結果となったように私には見えます。なにゆえに批判精神が根底的に欠如しているといえるのか。その理由は以下の浅井基文さんの論をご参照ください。さらに今回のオバマ訪広はメディアだけでなく、この国の政党も批判精神を喪失していることをこれも否応なく突きつける結果ともなりました。その理由については下記の「山中人間話」の辺見庸の論、さらに私の拙論をご参照ください。オバマ訪広の評価は市民運動の分野でも二分しているかに見えます。これは評価の多様性ということとまた別次元の問題です。なにゆえに二分しているのか。ここにも政党の影響は影を落としているように私には見えます。そういうことをも含めて「重要なポイントを見極める眼力」とはなにかについてここでは考えてみたいと思います。


【日本のマス・メディアの報道姿勢は日本政治を止めどもなく劣化させるだけ】
私はこのコラムで上記
5月16日付を含めすでに2回、オバマの広島訪問を取り上げています。このコラムでは、内容に立ち入る前の問題として、物事に対する見方のあり方ということについて、マス・メディアが典型ですが、私たち日本人にも広く見られる問題点について指摘しておきたいことがあります。それは、物事には多面性があるのであって、私たちにとって重要なことは、枝葉末節に囚われず、何が本質的であり、踏まえておかなければならない重要なポイントは何かということを見極める眼力を持たなければならないということです。オバマの訪広に即していえば、オバマは現役大統領として最初に広島を訪問した人物であること、オバマが原爆資料館をわずかな(本当にわずかだった!!) 時間にせよ訪問し、被爆者と言葉を交わし、その一人をやさしく抱いたこと、スピーチにおいて「核のない世界」実現に対する強い気持ちを表明したことなどなどは現象としては事実です。私もそういう面・内容があることを否定するつもりは毛頭ありません。しかし、オバマの訪広に関しては別の面・内容があります。ところがマス・メディアは、もっぱら物事のこうした現象面だけを大書特筆し、それがすべてであるかのように描き出したのです。マス・メディアの報道によってしか物事を判断する手だてを持たない多くの人々の見方も当然その方向に流されるわけです。

しかし、オバマ訪広はそういう現象面だけではありません。本質面に目を向ければ、何故オバマは今回広島を訪問したのか、その動機は何か、背景には何があるのか、訪問によって実現しようとした目的は何か、また、オバマ訪広の実現を強力に推進したのは安倍政権(というより安倍首相)ですが、そうした安倍政権の動機、背景、目的についても考えなければなりません。さらに、オバマの訪広は日米関係ひいては国際政治における「事件」ですから、それが日米関係ひいては国際政治において有する意味合いは何か(オバマ大統領及び安倍首相は日米関係及び国際政治にどういう意味合いを持たせようとしたのかを含む)という面も考えなければなりません。そのようにオバマ訪広が持つ多面性を確認した上で、これらの中で抑えなければならない重要なポイントは何かということを考えるのが当然取るべき順序です。「歓迎一色」のマス・メディアはこの順序をもまったく踏まえず、ひたすらオバマ訪広という現象面に埋没している点で、そもそも失格なのです。(略)しかも深刻なことに、マス・メディアが特筆大書する内容は、極めてしばしば「お上」(安倍政権に至る政府・与党)が宣伝する方向性に従っているからです。オバマ訪広に関するマス・メディアの報道姿勢はその典型例でした。しかし、日本のマス・メディアのこうした報道姿勢は日本政治を止めどもなく劣化させるだけです。(
浅井基文のページ 2016.05.29
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