キョウ おぐまえいじ
小熊英二さん

社会学者の
小熊英二はなにゆえにいまさらに日本の国民を「二つの国民」に分断しようとしているのでしょう。

小熊によれば、「『第一の国民』は、企業・官庁・労組・町内会・婦人会・業界団体などの『正社員』『正会員』とその家族」であり、「『第二の国民』は、それらの組織に所属していない『非正規』の人々」です。
マルクス主義によれば社会集団は「資本家階級(ブルジョワジー)」と「労働者階級(プロレタリアート)」の2大階級に分類されますが、小熊のあらたな分類法にしたがえば生産手段の有無の問題や賃金雇用の存否の問題は捨象されていますから、マルクス流の分類を小熊流のあらたな分類法に類推的に適用すれば、企業・官庁などの正社員は「ブルジョワジー」の側に連なり、非正規社員はプロレタリアートの側に連なるということになります。だとすれば、非正規社員の「闘争」の相手は資本家ばかりでなく、同じ労働者としての正社員も含まれるということになるでしょう。小熊のあらたな分類法は従来の分類法での労働者階級をさらに分断させる役割しか果たさないというにしかならないのです。それは、「万国の労働者団結せよ」というプロレタリアートの「団結」の必要性を説くこれまでの国際労働運動(もちろん、日本国内も含まれます)のスローガンにあらたな亀裂を持ち込むことにしかなりません。労働運動にとっては「団結こそが力」なのですからこれでは無産者としての労働者は有産者としての資本家階級と有効に闘うよりどころとする最大の武器としての手段を奪われてしまうということになってしまうでしょう。小熊英二はその「団結こそが力」(「団結権」は憲法上の規定でもあります)の労働者階級に亀裂を持ち込んでなにをしようというのでしょう?

小熊は「彼らは所得が低いのみならず、「所属する組織」を名乗ることができない。そうした人間にこの社会は冷たい。関係を作るのに苦労し、結婚も容易でない」と言います。それはそのとおりです。小熊はそうした非正規社員「が抱える困難に対して、報道も政策も十分ではない」とも言います。これもそのとおりです。しかし、その非正規社員をことさらに、いまなにゆえに「第二の国民」と規定する必要があるでしょう。要は労働組合運動の問題として非正規社員の困難をもっと直視する運動に転換せよと現在の労働運動の問題点を指摘することでよいのではないか。あらたに「第一の国民」、「第二の国民」という分断線を作って棚から牡丹餅式の利益を得る者は誰か。それこそ「第二の国民」を支配、壟断している支配者階級というべきではないか。

小熊は気の利いた論法を編み出してメディアや論壇界の気を引きたいようですが、そういうことに執心するよりも現実の「困難」はどうすれば解決できるか。そこに執心するのが学者のつとめというべきではないか。気の利いた論法を編み出すことに執心するから「困難」の解決とは相容れない逆立した論法を生み出してしまうのです。
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