キョウ ひろしま3

Blog「みずき」:しかし、一方で、オリバー・ストーン、ノーム・チョムスキー、ガー・アルペロビッツ、ダニエル・エルズバーグら74人の識者や運動家がオバマ大統領ヒロシマ訪問に際し被爆者と面会し、「プラハの約束」を果たすことを求めるオバマ大統領への手紙を出したという
報道もあります。連帯するべき、連帯しうる人たちはアメリカにも、世界にも、もちろん日本にもいるのです。
 
【原爆投下は日本敗北が決定的となった時に行われた】
このたび米オバマ大統領がサミットに参加するついでに広島を訪問するという。日本政府は日米関係強化の機会として大歓迎である。私はオバマが広島を訪問するなら、原爆投下について直接言及し謝罪するべきだという意見だが、ひとこと言いたい。中学生のとき、理科の木船清先生は、「ドイツがもう少し長く戦争をやっていたらアメリカは原爆を落しただろうか。落せない。日本人が黄色人種だからわりに気楽に原爆を落す決意をしたのではないか」といった。高校3年生のとき、幼稚な手段ではあるが原爆について調査し、木船先生のいうとおり原爆投下は、アメリカが日本の
ポツダム宣言受諾がまぢかいことを十分に承知したうえで実行したことを知った。これによって私は偏狭な反米主義者になった。私の場合、かたくなな反米意識を卒業するまでにはずいぶん時間がかかった。この点は中国人やほかのアジア人が反日感情を根強く維持するのと同じ経過である。(略)原爆投下によって日本が甚大な被害をこうむり戦闘力が低下したことは、日本に侵略されていたアジア各地の人々にとっては歓迎すべきことであった。原爆投下とポツダム宣言受諾はほとんど一緒にアジア各地に届いたから、多くの場合このふたつを区別することは難しい。(略)

マレーシアの作家、イスマイル・フセインはこう語っている。「広島に原爆がおとされたとき、私自身は12歳でした。その時に、原爆に対して私の家族がどんな反応を示したかをよく憶えています。大変な興奮状態でした。原爆の投下をラジオで聞いて、家族は、大変な技術の進歩だ、三日間で長い間の戦争に終止符をうってくれた、と話していました。長い間のマレーシアの苦しみがこれで終わって、戦争から解放されたという興奮がマレーシアの村々を駆け巡ったのです。しかし原子爆弾の持つ意味については、誰も気がつきませんでした」(岩波ブックレット『
反核と第三世界』)。(略)日本の1930年代からの中国侵略、それに引き続くアジア侵略と、アメリカの原爆投下による殺人とは違いがあるかもしれない。しかし原爆投下が日本敗北が決定的となった時に行われたことを考えると、やはり無辜の人民の大量殺傷事件に変りがない。かりにオバマが広島で原爆の悲惨な結果を見て考えを変えたとしても、米大統領としては核廃絶をいいつつ、核不拡散条約と核兵器独占の擁護を唱えるだけだろう。そして安倍政権はオバマ広島訪問を日米同盟強化と参院選挙に利用するだろう。これではアメリカの対日戦争勝利記念行事に限りなく近い。それでも我国人民の多くはオバマの広島訪問を歓迎するだろう。可哀そうな日本人。(阿部治平「リベラル21」2016.05.24

【山中人間話】








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