キョウ さんだーす26

Blog「みずき」:ウェストヴァージニア州でのサンダースの勝利をどう読むか。歴史学者の保立道久さんのひとつの解。その中でいう保立さんのアメリカ合州国憲法批判は鋭く、本質を衝いていると思います。保立さんは言います。サンダースはそのアメリカの積年の弊をいま自省というデモクラティック精神で弾っているのだ、と。
 
【「福祉」という言葉の原義は「弱者救済」ではない】
昨日、5月10日、サンダースがウェストヴァージニアでクリントンに
15%近い差をつけて勝った。この15%というのは、サンダースが一般代議員でクリントンに勝つために必要な票差といわれている。まだ目がはなせない。サンダースのツイートより。(略)「すべての他の主要な産業国に加わって、それと同じように国民全体の健康保険を作るべきときだ」(Kenedyi)(略)これがケネディから説き起こされるのが、いかにもアメリカである。アジアにとってはケネディはベトナム戦争の拡大者だが、そこは我慢。今回のサンダースの主張で注目すべきものはアメリカ大国意識がないことである。アメリカは世界の文明国のなかでも異様に問題のある国だというのを正面から述べていることである。これはある意味でトランプも同じことをいっている訳だが、トランプにはみずからの社会を内省し、反省するというのではなく、他国のおかげでアメリカは豊かでなくなってしまったという被害者意識のみが目立つ。これに対して、サンダースの主張は、なぜこんなことになってしまったのかという自省を含んでおり、ずっと品がいい。

ノーム・チョムスキーは、デモクラシー・ナウの4月26日のインタビューでサンダースの国民の権利としての健康保険という主張について重要なことを述べていた。レーガンの時代には70%の人々がそれは憲法上の権利としてあるべきであると考えていたという。それが逆進的(ロバート・ライシュの表現)にひっ くり返された過程が問題になるが、これはアメリカの民主党よりの判事たちが、結局、アメリカ合州国憲法を改正し、現代化するという展望をもたず、いわゆる アメンダメント、修正箇条のうちの言論思想の自由などの項目を護持するという視野を超えられなかったためであろう。アメリカの社会の最大の欠陥は修正箇条のいくつかを大事というだけで正面から「健康で文化的な生活」その他、日本国憲法にあるような社会権を体系的に国政的要求として提出してこなかったことにある。アメリカ憲法の人種主義を含む古色蒼然さに対する真の反省がなかったのではないか。

人の國の憲法を評価し評論するのは悪いが、しかし読めば分かるようにあんなつまらない憲法はない。各州植民地エリートの妥協で積み木細工のように作られたという性格が強く、ああいう人種主義丸出しの憲法をもっていててんとして恥じないから他国を侵略するのだと思う。根本的に間違っている。(略)アメリカ法では、その代わりに
正当な法手続き(due process of law)の規定が煩瑣なまでに強調され、現実には、それによって逆に法的な強者のみが利益をえる訴訟社会という結果がもたらされている。それにしてもアメリカ合州国憲法と比べると、日本国憲法はよく整っている。とくに「公共の福祉」という言葉はいい。それがいいというのは、「福祉」という言葉の語義に関わっている。「福」も「祉」も「示」偏がつく言葉である。「福祉」は「祉福」ともいって、ようするに神より授かる幸福という意味である。世上では「福祉」というともっぱら弱者救済のことであるというが、こういう感じ方ほど神を蔑しろにするものはない。神より授かる幸いを協同のものにしようというのが、その原義なのだと思う。(保立道久の研究雑記 2016年5月11日
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