キョウ ゆとりですがなにか2 

Blog「みずき」:ここでは政治家が直接の批判の対象になっていますが、もう少し拡げて言うと、ここにあるのは人をひとくくりにしたがる現代ニッポン人、あるいは現代日本という社会の弊への批判です。ひとくくりにされると当然そこからはみ出していく者が必ず生まれます。そのはみ出し者がひょんなことから少しばかり集まったあるコミュニティの場での議論上の宴が最近ありました。ご参考になるかどうか。ともあれご紹介しておきたいと思います。コメント欄をご参照ください

【クズだけど、それぞれ違うクズなんだから】
「だけどみんな違う。クズだけど、それぞれ違うクズなんだから『ゆとり』なんて言葉でくくらないでください」衆院北海道5区補選で自民党公認候補当選確実の報に触れ、そっか、でも勝ち負けとは関係ないところで、なんか、なにかが、表現された気がするんだよなあ……みたいなことを考えたり考えなかったりしながらドラマ「
ゆとりですがなにか」(日本テレビ系)を見ていたら、1987年生まれ、「ゆとり教育」第1世代 の主人公がこんなセリフを吐くに至り、わが脳内でキンコンカンと鐘が鳴った。個のうごめき、個の躍動。くくるなナメるな勝手に決めるな。あんたにとっては無意味でも、みんなそれぞれかけがえのない毎日を必死に生きているんだぜ――。かすかに聞こえる。さびついていた個の歯車が、動き始めた音が。

「巫女(みこ)さんのくせになんだと思った」。自民党の大西英男衆院議員は、補選の応援で現地入りした際、神社の巫女から「自民はあまり好きじゃない」と言われたことを派閥の会合で紹介し、こう語った。一方、同党の赤枝恒雄衆院議員は「とりあえず中学を卒業した子どもたちは仕方なく通信(課程)に行き、やっぱりだめで女の子はキャバクラ行ったりとか」。子どもの貧困対策を推進する議員連盟の会合での発言だ。敵か味方か。役に立つか立たないか。人間を、世界を、二つの「箱」に仕分けしたがる人がいる。そんな人たちに「
1億総活躍」の旗を振られると、役に立て、味方になれと言われているようで、苦しい。政治家だったら教えてくれよ。世界はもっと豊かだと。君は君が生きたいように生きていいのだと。そのためにこそ、政治はあるのだと。

本当は隠しておきたいけれど、かく言う私も人間を箱に入れてしまったことがある。10年前、若年フリーターの貧困問題が顕在化し始めたころ、生活保護を受けている31歳の男性を取材した。2度目の取材だったか、お昼ご飯を食べながら、ということになった。お金がなくて10日以上何も食べられず、各所をたらい回しにされた末にやっと保護につながった彼。私は張り切った。ここはやっぱり肉だよね、肉。おいしいお肉をいっぱい食べさせてあげよう。だけど彼は申し訳なさそうに「すみません、僕、胃が小さくなっちゃって、重たいものは受け付けないんです」。あ、そうかごめんごめん。スパゲティに変更したが、麺を2、3本ずつ咀嚼する彼を見て、恥じた。己の善意を振りかざした私。「貧困」という箱に入れ、彼だけの生を理解していなかった私。

精密な受信器はふえてゆくばかりなのに/世界のできごとは一日でわかるのに/“知らないことが多すぎる”と/あなたにだけは告げてみたい。(茨木のり子知らないことが」)

ひとくくりにするな。人の生をナメるな。そう、知らないことが多すぎるのだ、私たちは。(高橋純子「朝日新聞」2016年5月1日
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