キョウ ていこくのいあんふ2
日本のリベラル陣営でも「帝国の慰安婦」めぐり激論
 
Blog「みずき」:
朴裕河著『帝国の慰安婦』評価といわゆる「知識人」の同著礼賛現象批判については金光翔さん(前岩波『世界』編集部員。現岩波社員)も言うように鄭栄桓『忘却のための「和解」――『帝国の慰安婦』と日本の責任』を読んでいただくに如くはありません。以下は付け足しにすぎませんが、私が書いた同著礼賛現象批判の記事も1、2挙げさせていただきます。2番目の記事では鄭栄桓さんなどの論を援用してのものですがやや具体的に高橋源一郎(作家)奥武則(法政大学教授)の論を批判しています。
Blog「みずき」 日本のメディアとことの本質を理解しないエセ知識人、批評家の愚かな批評眼について ――朴裕河の『帝国の慰安婦』が第27回アジア・太平洋賞特別賞(毎 日新聞主催)を受賞 
Blog「みずき」 弁護士の金原徹雄さんの「『慰安婦』問題に立ち向かう『強い意志』~大沼保昭氏と朴裕河氏の会見を視聴して」という論には共感しえない。 

【朴裕河『帝国の慰安婦はどれほど非学問的で、非論理的であるか】
日本の論壇・ジャーナリズム、言論界の惨状を、これほど実感させてくれる本も珍しいだろう。(略)
小谷野敦が新刊の『反米という病 なんとなく、リベラル』(飛鳥新社)で、政治・社会系の雑誌が売れなくなったのは論争をしなくなり、つまらなくなったからで、スマホの普及などは関係ない、ということを書いていたが、近年は出版界・書店界の関係者や研究者、ジャーナリストの思考が「なんとなく、リベラル」で画一化してしまって多くの読者が離れてしまい、似たような思想の読者向けの本づくり・ブックフェアが一般的になっているように見える(悪循環)。その意味で、非常に貴重な本である。(略)

本書は、数多くの(リベラル)知識人やジャーナリズムが絶賛し、各種の賞も受賞した
朴裕河『帝国の慰安婦』がどれほど非学問的で、非論理的であるか、被害者の尊厳を踏みにじる主張を展開しているかを異論の余地がないと思われるまでに徹底的に証明する。また、それに関連して、多くの著名な知識人をも批判する。読みながら読者は、朴の主張の支離滅裂さに呆れつつ、こんな人物の主張をよくここまで丁寧に検討できるな、と鄭氏に感心すると同時に、この『帝国の慰安婦』が絶賛されているという現実の事態に慄然とさせられるだろう。(略)
本書は結論部分から読む人も結構いるのではないかと思うが、そこでの、『帝国の慰安婦』絶賛という事態が「日本軍無実論」による「大日本帝国」肯定願望と「戦後日本」の肯定願望という「二つの歴史修正主義」 に取りつか れた人々の欲望が生み出した産物、という指摘など、鄭氏による日本社会と「リベラル」の分析も、そこまでの綿密な論証を時間をかけて読んだ後で読み直すと初読よりもはるかに強い説得力を持っていることに気づかされるだろう。(略)また、本書は、「慰安婦」問題や「補償」「賠償」をめぐる議論に関しても、格好の(再)入門書となっている。朴が自己の主張の正当化のために、右から「左」までのありとあらゆる(と思われる)言説を用いるので、かなり包括的なQ&Aの本になっているのである(略)。

最後に本書で書いていない点についても触れておくと((略))、朴裕河批判のスタンスを現在とっている人々からも今後、(「忘却のための」)日韓「和解」論が出てくると思うので(略)、そちらが結構大きな問題になってくるように思う。韓国の総選挙で野党が勝利して、その可能性は一層強まっているのではないか。また、朴裕河の主張は、実は
植民地近代論ポストコロニアリズムと親和性が強いと思われるので、そうした理論への検証(特にここ20年の日本における機能)も必要だろう。朴が理論を理解していない、歪曲しているというよりも、以前、このブログ與那覇潤に言及した時に書いたように、ポストコロニアリズム自体が本質的には保守的な性格のものだと思う。(金光翔「私にも話させて」 2016年04月16日

【山中人間話】





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