キョウ みずしま
水島宏明さん

Blog「みずき」:「湯浅誠が『いた』時代」というタイトル自体が大きな批評になっていると思います。水島さんの視点に同感する部分は大です。しかし、私は、湯浅誠さんが「変節した」とは思いませんが、彼のもともとの思想性の脆弱さを感じます。こちらはかつて書いた私のひとつの湯浅誠評です。ご参照ください。

【「湯浅誠は彼の言葉が届く範囲の限界を感じた】
── 2008年頃から2012年頃まで「
反貧困」という運動がとても盛り上がったという過去があります。ですがその後から今に至るまで「貧困の問題」は「子どもの貧困」のようなシングルイシュー以外においては地盤沈下し続けていると認識しています。(略)今回水島さんにお伺いしたかったのは、当時の「ブーム」の渦中にジャーナリストの立場からおられて、どのようにその盛り上がりを見ておられたのでしょうか?

水島:その話をすると、当時その中心にいた
湯浅誠さん(現・法政大学現代福祉学部教授)の話になってしまいます。やはりあのブームは彼が作り、徹頭徹尾彼が中心だった。私はその様子をそばで観察し、彼が当時いったところをほぼ網羅しているのですが、それは学者であったり労働組合であったりあるいは政治家であったり、それはもうあらゆる人たちを引っかき回していきましたね。最初はほんとにド素人で、議員会館回るのも「背広着て行った方がいい?」とか訊ね出すぐらいの意識だったんですけれど、能力がある彼はあれよあれよという間にその辺の付き合い方を習得し、政治家たちも彼の言葉には耳を傾け、一種のスターになっていきました。その「湯浅誠」というスターがいなくなった途端にシュルシュルとしぼんでしまったわけです。彼以外にこの貧困を分かりやすく一般の人たちに伝える言葉を持っていたり、説得力のある人というのがいなかったし、今なおそれに近いような状態が続いている。

ブームが終わった原因をもうひとつ上げるなら、湯浅さんが民主党政権にコミットし、その事が一般の人たちに「反貧困」運動の政治性をイメージさせてしまったことです。そうして民主党が政権から離れた事で、もう貧困ブーム=民主のような、所謂従来の野党のやってるテーマだよね、というイメージがついてしまった。このことはやっぱりちょっと責任は大きいかなという気はしています。(略)なぜブームが終わったのか?については、湯浅さんが中心からいなくなったことが原因の一端だと考えますが、じゃあ「なぜ彼がいなくなったのか?」については、そこは彼が変節したと言う人もいるけれど私は必ずしもそうだとは思いません。

ただ、やっぱり彼はメディアの寵児となったんだけれど、その言葉が届く範囲の限界を感じたんだと思います。これはご本人もおっしゃっていたので間違いないことなんですけれど、つまりもともと貧困問題に関心があり、湯浅さんを知っており、強権的な政治より市民運動で世の中を変えていきたいという人達は彼の言葉を聞いてくれる。でも、そもそも安倍晋三や橋下徹を支持する層には彼の言葉は届かない。そのことを痛感したんだと思うんですね。(略)結局2008年・2009年から連なる「反貧困」運動というものは、湯浅誠と
雨宮処凛という二大スターを生んだだけで終わった、という感じがしなくはないんです。(水島宏明インタビュー マチバリー 2016.04.12

【山中人間話】

関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://mizukith.blog91.fc2.com/tb.php/1875-7bdeaab5