キョウ バラカ

Blog「みずき」:作家の桐野夏生さんは「理念の上にしっかり立つ、という姿勢」の重要性を言いながら「学生団体SEALDs(シールズ)」の活動を評価していますが、私はSEALDsが「理念の上にしっかり立」ちえている団体であるとは思いません。その点において桐野さんの評価は表層的なものでしかないと私は思います。理念の問題を言うのであれば、SEALDsは「日本社会の民主主義と東アジアの平和」についてどのような理念を語っているか。あるいは語りえているか。その理念の正否を見極める必要があるでしょう。しかし、残念ながら、桐野さんにその正否を見極めようとした節は見当たりません。それでは理念は理念と呼ぶに値しないでしょう。

【「理念の上にしっかり立つ」ということ】
――最新作「バラカ」で、東日本大震災の8年後の日本を想定されました。福島第一原発事故後の混乱に人生を翻弄される主人公の少女たちが、自分たちは「棄民」、国に見捨てられたと語ったのが印象に残っています。「取材で訪ねた仮設住宅にお住まいの方から、実際に聞いた言葉です。あれだけの大事故が起きても、経済成長を追い求め、五輪の夢に浮かれる、現在の日本の姿を映し出したいと思いました」「子どもが人身売買される現場として中東のドバイにも舞台を置きました。急速な経済発展の一方で、国境を越えた格差を生みだす、荒々しい新自由主義の最前線でもあると感じたからです」

――これまでの作品より政治的なメッセージを強く感じます。「そうかもしれません。震災以降、言いたいことをより直接的に書くようになってきました」「社会の分断化が進んでいます。たとえば、生活保護バッシングやヘイトスピーチ。あるいは、女性差別に抗議すると、女は得しているくせに、と言われたりもする。誰かの幸福を追求すれば誰かが損する、という風に論理がすりかわっている」「また家族が壊れている。子どもの虐待や、そこから派生する子どもたちの非行。貧困が原因だと言っても過言ではないでしょう。非正規雇用の増大には、時代が逆戻りした感さえあります」「一方、国民とか国益という言葉が前面に出てきて、特定秘密保護法、集団的自衛権と、安倍政権下でバタバタと重要事項が決まった。道徳が教科化され、夫婦別姓導入の動きは後退している。伝統的家族観がまた頭をもたげて、女性を苦しめている」――とはいえ投票率が上がるわけでもなく、社会全体で向き合おうとする機運はいま一つです。政治的立場を問わず「公共性の崩壊」が言われ、個人の自由や欲望追求の果てだ、公私の関係がいびつだといった批判もあります。「公共性とは、いったい何なのか。公共という語が都合よく使われている気がします。みんなで助け合う機運は、確かに弱まってきたと思います。が、それを個人の自由の拡大と結びつけるのは乱暴すぎませんか。それがさっき言った分断です」「私たちは、それほど個人として認識されているのでしょうか。一人ひとりの顔が非常に見えにくいですよ、この社会は」

――1970年代初めの学生運動の経験も大きいですか。「ベトナム反戦デモや座り込みに参加しましたが、セクト(党派)には入らなかった。経験や言葉の知識の量を競い、個人を抑圧するやり方に耐えられなかったから。私にとっては、常に集団と個人の問題なのです」――個人の尊厳が憲法でうたわれていたのに、実際はそうならなかった。建前にすぎなかったのでしょうか。「私たちが闘ったのは、個人の尊厳のためです。それでもなかなか実現できなかった。そのくらい難しいことなんだと思います」――そんななかで一人ひとりの個人と国家、社会は、どう関係を結んでいけばいいのでしょう。「個がなければ公への認識は生まれない。公への奉仕が強制的に求められるとしたら、ファシズムです。日本の現状ではむしろ、もっと個を強くしていくべきじゃないですか。どんどん『私』を主張すればいい。しっかりした個の土台の上に、ほんものの公共は育まれていくと思います」「日本で語られる公共のイメージは、他人に迷惑をかけないとか、ゴミ拾いとか、みんな仲良くとか、非常に狭い印象があります。『愛する人を守るために戦場に行く』というような映画宣伝のコピーを見て、愛する家族や恋人がいるのは自分だけじゃないだろうと感じました。隣人も、海の向こうの見知らぬ人々も、戦争が起きれば不安におびえ傷つく、という視点が欠けている。そんな意味でも、日本人が抱く公共のイメージは広がりと深みに欠けるように思います。もっと人類全体の普遍的理念、人権の尊重のようなことが、公共空間をつなぐものであるべきだと思います」――昨年の安保関連法案に関しては、全国で大勢の人々が意思表示をしました。デモは初めて、という若者や女性も多かった。「懐かしいと思いました。この動きがどこまで有効なのか、見ていきたいですね。学生団体SEALDs(シールズ)などの、大衆運動が本当に根付いたら、とてもいいことだと思います」――実りある憲法論議のために何を求めていけばいいですか。「私は現行憲法を守りたいと思っています。戦争放棄、立派じゃないですか。人権、守るべきです」「だから、まずは論点をはっきりさせることですね。自民党の改憲草案を私も完璧に把握できていません。わかりやすく説明していないのでは。うがちすぎかもしれませんが、完全に把握させないようにしているような気がしてなりません」――これまでの議論に、抜け落ちたものはあるのでしょうか。「やはり理念の上にしっかり立つ、という姿勢ではないでしょうか。変えてはならない普遍的な人間としての権利が存在すること。その点について右往左往しないことで、本当の意味での現実主義的な対応も成り立ちます。単に国際情勢が変わったから変えますといった現状追認に甘んじることは、絶対にすべきでないと思いますね」(
桐野夏生「朝日新聞」2016年4月12日
 
取材を終えて:記者が尋ねると、逆質問された。個って何でしょう? 公共って? 次々返された問いは、女性として、あるいは政治の大きなうねりの中で多くが社会運動に身を投じた世代の一人として、傷つき迷いながらラジカルな思考を重ねてきた、桐野さん自身のこだわり、テーマだったに違いない。これまで政治的な発言はあまりしてこなかったが、日本社会が大きく変わろうとするいま、「言っておきたい」と考えるようになったという。理念をもつことの大切さ、理念がすべての基盤であるべきこと。とりわけ若い世代を鼓舞したい、との熱い思いがにじむ。私自身も、しっかり未来を向いていく勇気をもらった気がした。(インタビュア 藤生京子)

【山中人間話】

桐野夏生さん、公共のゆくえ。まっとうな論だと思う。 最近の小説。ほんのちょっとお手伝い。(永田 浩三さん)https://www.facebook.com/kozo.nagata.9/posts/981367075246509

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