キョウ てんのうせい2

Blog「みずき」:「今日の言葉」は今年はじめの「宮中の「歌会始」の選者が赤旗「歌壇」選者になるのは初めてのことだ。これは、「赤旗の勝手、今野寿美の勝手でしょ」で済む問題なのだろうか。「共産党綱領」の規定と精神に反することではないか。」という「今日の言葉」を前提にして書かれています。下記で提起されている問題の所在をより理解するためには一読は欠かせません。ご参照ください。いずれにしても昨年末からの「共産党大変」(右傾化)は「大変」のままで変化がないということです。提起されている問題解決をなげうったままこのまま参院選に突入していくということなのでしょう。そのような政治革新とはなにか。私の危惧は深まるばかりです。私の腹中の腹立たしい思いはマグマの様相を帯びて煮えたぎっている。

【赤旗歌壇の今野さんの選があまりにもおもねている】
3月19日の例会で、
中西洋子さんの柳原白蓮についてのレポートがあることを知った。今回ばかりは、ぜひお聞きしたい報告であった。(略)会場は、八丁堀の喫茶店貸切りで、24名の参加者であった。中西さんの報告は「柳原白蓮と戦後の活動」と題されていたが、やはり、1945年以前の話が中心となった。白蓮や宮崎龍介の出自にもわたり、歌集の作品に添った鑑賞もあり、とても分かりやすかった。(略)一人の人間の生涯を見つめるとき、その足跡の意外性や物語性に目を奪われて、たとえばその思想の変容の軌跡を、他愛なく許容してしまってはいないか。実は、その底に流れているものを見過ごしてはいないかが、私には重要な課題である。
ちょうど、『短歌研究』4月号の特集「評伝を考える」が興味深かった。評伝のスタートは、「一次資料」であって、家族や遺族に依拠する資料や証言は、執筆者にとっては、補充資料だろう。関係者への配慮があると、ほんとうの評伝は書けず、たんなるオマージュになる可能性が高くなるのではないか、と思っていた矢先であった。評伝にかぎらず、近頃のマス・メディアの識者のコメントや登場人物の傾向を見ていると、その人の過去の言動には、目もくれず、現在の、そのメディアの都合の良いことばだけがピックアップされ、中身というより、現在の肩書にものを言わせるような流れが出来上がってしまっていないか。そんなところに、今、話題にもなっている「学歴詐称」問題も浮上したのだと思う。(略)

私は、二次会に参加できなかったのだが、会終了後の立ち話ができたのが収穫でもあった。何人かの方に、声をかけていただいたが、拙ブログの「
ことしのクリスマス・イブは(4)~歌会始選者の今野寿美が赤旗<歌壇>選者に」(2015年12月29日)を読んだ方がいらっしゃって、「今野さんという選者選びがおかしい」「編集部から、これまでの赤旗の選者たちには全く相談がなかったらしいです」と、党機関紙の姿勢に疑問を投げる人もいた。そう、きょうの参加者の中には、現役、過去も含めて赤旗歌壇選者が数名いらっしゃったのである。「今野さんの歌会始の短歌、ひどいですよね」「赤旗歌壇の今野さんの選が、あまりにもおもねているので、驚いちゃった」といった声もあったのだ。(内野光子のブログ 2016年3月20日

【山中人間話】

Blog「みずき」:以下は、2016年3月19日付け記事の続きということになります。

[直近の常岡浩介さんのツイート]
[直近の西谷文和さんのツイート]

[昨年末の常岡さんと西谷さんのツイッター上の応酬]
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