キョウ へのこ3

Blog「みずき」:
仲宗根勇さんは沖縄「復帰」前の琉球政府裁判所公務員で、「復帰」後は最高裁判所の簡易裁判所判事試験に沖縄県から初合格した元裁判官です。私は知りませんでしたが、1972年の日本「復帰」をめぐって反復帰論の指折りの論者としても名を轟かせていたそうです。さすがというべきか、その駆使する論理は強靭なものがある、というのが同氏の論をはじめて読んだ私の感想です。

【和解条項9項をリアルに読み込むということ】
辺野古和解は、早くも訴訟後の対応を巡っての国と県のせめぎ合いに焦点が集まりつつある。つまり、
和解条項9の「原告・国及び利害関係人・沖縄防衛局長と被告・沖縄県は、是正の指示の取消訴訟判決確定後は、直ちに、同判決に従い、同主文及びそれを導く理由の趣旨に沿った手続きを実施するとともに、その後も同趣旨に従って互いに協力して誠実に対応することを相互に確約する。」という和解条項の文言をどう読むかという解釈論である。残念ながら、県知事や県の弁護団は、この条項の射程範囲は埋め立て承認の取り消しだけに適用され、判決後の知事の設計変更申請に対する権限行使などは可能であると解釈している。それは民事訴訟法114条1項(「確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。」)だけを前提とすればその通りである。
既判力というのは、同じ当事者間で判決後に別の訴訟が提起された場合、当事者は前訴で確定された権利または法律関係に反する主張ができなくなるという効力である。その既判力が生ずるのは、結論的な判断である判決主文だけであって、主文に表示された判断以外の判決理由については既判力は生じないのが原則である。(略)つまり、所有権がないことを判決理由として敗訴した当事者は、別の訴訟でまた所有権を主張することができる。判決理由には既判力が認められないからである。

しかし、和解条項9で判決主文ばかりでなく「判決理由の趣旨」、「その後も」同趣旨に従うとなっているから、民訴法114条の解釈論とは無関係に和解条項9の効果として、もしも、県が敗訴し、その判決理由が県知事の権限行使を否定するような事項にわたって判断された場合は、沖縄県の判決後の対応は袋小路に迷い込む恐れがある。つまり、前の例で言えば、敗訴した当事者は別の訴訟で所有権の主張ができなくなるわけだ。

政府が和解に応じたのは、「その後も」に注目し新たな訴訟で負けないとの官邸筋の見通しの下、判決が確定すれば県の協力が得られると考えたからだった。」(
毎日新聞3月10日報道)し、3月7日の官房長官会見でも9項を引いて裁判で判断が示された場合はそれに従って進めていくと述べている。いかにこの9項が今回の和解の決定的なものであったかがわかる。しかし、県の弁護団が9項の文言を厳格に検討した形跡はみられず、「工事中止」に舞い上がって9項にこめた国のワナを見逃したのではないか。

9項の射程範囲についての自説を固守することなく、国が仕掛けたワナの対抗策を県内はもちろん全国的な英知を集めて準備すべきだと思う。しかし、まさに問題とすべきこの9項問題に触れたがらないような雰囲気が沖縄の中にあるのは不可解である。和解成立=工事中断=勝利の味や手柄を関係者が数ヶ月の瞬間にせよ感受したい思いからであろうか。「オール沖縄」に傷がつくことを恐れているのであろうか。今はただ将来の辺野古の戦いのためには和解成立によってもたらされた現実を和解条項を厳密に読み込むことでリアルに認識する必要があると思うのだが、、。(
仲宗根勇フェースブック 2016年3月15日

【山中人間話】

和解条項9に関する仲宗根勇さんの指摘。ぜひ読んでおくべき。「触れたがらないような雰囲気」は、メドゥーサの眼を見てはいけないというところなのかも知れない。だが、いずれにしても、この問題は避けて通れないなら、様々な可能性を考えておくべき。ま、なにはともあれ、手足縛られても、のたうちまわって嚙みつくことはできるさね。 :)

宮城 康博さんの投稿 2016年3月16日

すごく腹立たしい。このライン。

宮城 康博さんの投稿 2016年3月16日

・参考:沖縄県の基地の現状(目次
・参考:沖縄県の基地の現状(章別リンク) 
・第1章 基地問題の推移及び現状(5・15メモ
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