キョウ ほいくえん2

承前

この3月7日、国会で社民党前党首(現副党首)の福島瑞穂議員が「保育園落ちた日本死ね!!!」問題を政治の歪みがつくり出した人為的、深刻な保育園不足の問題としてとりあげ、政府の責任を追及しました。しかし、ここでも同ブログ記事自体が孕んでいる問題性としての「日本はあんなに豊かだった言葉遣いが、どんどん貧しくなっていく」という問題視点はまったくありませんでした。社民党、あるいは福島瑞穂議員がそうした問題視点を持ちえないのには私は理由があると思っています。実のところ社民党自体が同ブログ記事の孕む「ののしり言葉」への不感症体質とでもいうべきものと同じ問題性を抱える政党ということがあるからです。

つい最近の出来事として社民党は2016年参院東京選挙区候補者として増山麗奈という画家、ジャーナリストを自称する人を擁立しました。この増山麗奈氏は3・11以後根拠のないいわゆる放射能デマを飛ばし、そうではないという反証を突きつけられても反省することがないことからデマゴーグとして多くの批判を受けてきた人です。たとえばこれまでにも以下のような増山麗奈氏及び社民党批判があります。ほんの一例です。
 
キョウ てめえら豚は

さらに増山麗奈氏は沖縄辺野古運動代表の山城博治さんの名声を利用して以下のような詐欺ツイートまで発信しています。しかし、下記の「応援メッセージ 」なるものは増山麗奈氏が山城さんの別の集会での映像と音声をさも自分への激励メッセージのようにみせかけて偽造した詐欺ツイートであることが判明しています。


この社民党の増山麗奈擁立問題に関してはほかならない社民党員(社民党大阪府連合常任幹事)からも「もし増山麗奈の公認が覆らない場合は、社民党の死を意味すると考え私は離党し再び戻ることはありません」とまで覚悟を決めた批判も出ています。しかし、社民党本部はいまだに増山麗奈氏の擁立を取り消す措置も意志も見せてはいません。社民党は自ら自滅の道を選んでいるのです。早晩、社民党という存在はなくなってしまうでしょう。

こうした状況ですから、社民党、また、福島瑞穂議員に「日本はあんなに豊かだった言葉遣いが、どんどん貧しくなっていく」という問題、なおさら「この7年半」「この5年の間」の「ののしり言葉」の氾濫現象の問題点を剔抉することを期待するのはもはやないものねだりの無益な所業といわなければならないでしょう。

以上、「日本はあんなに豊かだった言葉遣いが、どんどん貧しくなっていく」問題に関して、リベラルの、それもリベラル・左派政党の知的劣化の問題を見てきましたが、参院選(衆参ダブル選挙になるともとりざたされています)を夏に控えたいまという時期、さらに問題とすべきは、こうした人間の生活の根幹にかかわる優れて人権上の「侵すことのできない永久の権利」(憲法11条)としての問題についてさえ解決能力を持たない、解決する意志を持たない政党同士の安倍政権に対抗するための野党共闘のありかたの問題です。この問題に関するひとりの福島県人の違和と絶望の表明を最後にご紹介しておきたいと思います。


私も今回の野党5党の理念のかけらもない数合わせの論理だけで野合する姿勢にかつて渡邊一民さんが批判した「状況主義」の匂いを感じ、激しい違和感と憤りを感じます。「状況主義」とは渡邊一民さんによれば次のようなものです。

たとえ真実であっても、真実はそのときの政治状況によって真実であってはならないし、ときにはそれが偽りとならねばならぬことさえあるという、そのような考えにもとづくもののことです。(略)一種の民衆不信に彩られるこうした状況主義は、けっしてこの時代だけに限られたものではなく、戦後もそのまま引きつがれ、《ストックホルム・アピール》の時代に青春をすごしたぼくらは、それによってどれほど毒されたかはかり知れません。今日なお、それと意識されないにせよ、状況主義的思考があらゆる領域で跳梁していることは、それをささえてきた特定の世界観が、つい最近までどれほど強い影響力を行使してきたかを証すものにほかならないでしょう。
 
仮に野党共闘が実現して、また、仮に新政権が実現するようなことがあったとしても、上記のような人権無視の政党の野合の政権になにが期待できるというのでしょう。安倍政権を打倒する前に野党にはしなければならないことがあるはずです。そのしなければならないことをしない政党に投票するほど選挙民は決して甘くはないことをとりわけ「革新」を自称する共産党や社民党は知っておくべきでしょう。そのことを身に沁みて知る日は遠からずこの夏の日にもやってくるでしょう
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