キョウ ほいくえん

ある匿名ブロガーが書いた「保育園落ちた日本死ね!!!」というブログ記事が「うねりとなって」共感を広げているといいます。ジャーナリスト(元共同通信社記者)の春名幹男さんは3月8日付けの自身のツイッターに「ものすごく圧倒的な言葉の力」とまで書いています。世情というものを私は好みません。節操のない移ろいやすさに胡散臭さのほうが先に立ってしまいます。しかし、そうした私の思いはそれはそれとして、ともあれ世情がそういう情況であるならばなおさら言っておかなければならないと思うことがあります。

作家で写真家の藤原新也さんが同ブログ記事について「ののしり言葉汚くも」と述べています。藤原さんが言うように「死ね」という言葉にビックリ雨だれマークが3つも添え字されているわけですから「保育園落ちた日本死ね!!!」というフレーズは客観的に見て「ののしり言葉」といってよいでしょう。藤原さんの評言は的を射ていると私も思います。しかし、藤原さんはその上で「なにも過激がよいというわけではないが、言葉が規制の先を飛び越えることも時には必要ということであり、ネットにおける言葉の無規範が時には効を奏すこともあるということである」という評価を述べています。この藤原さんの評価は上記の春名さんの評価とも同質のものでしょう。

「保育園落ちた日本死ね!!!」という一ブロガーの表現が「ののしり言葉」の類であるにもかかわらず、この「ののしり言葉」がある種の艶消しを施されて(「死ね!!!」の部分を消去されて)流行語のように社会的に広がっていったのはその訴えがたしかにひとびとの心の芯に届くものがあったからでしょう。ここまでは私も藤原さんや春名さんの意見に同意します。
しかし、私は、藤原さんや春名さんは見ていないもの、あるいは見えていないものがあると思います。それは、豊かだった日本語の言葉遣いがいま雪崩を打つような速さで喪失しつつあるという現状についての認識に関わることです。

ここで先の12月9日に死去した野坂昭如の絶筆となった「俺の舟唄」第22回(週刊金曜日所収)の一節を引用します。そこで野坂は次のように書いています。
 
日本はあんなに豊かだった言葉遣いが、どんどん貧しくなっていく。美しかった言葉は今やまったくといっていいほどなくなってしまった。今、この国の体裁は整ったように見えるかもしれないが、しかし言葉は失ってしまった。そうか戦後は「黙」なのだ。病後を言い訳に、天井だけを見て日々過ごしていると、ロクなことしか考えないし、ロクなことしか思い出さない。二十歳を過ぎた頃だったか、学校にも行かず、酒を飲むかバイトに行くか。その日は銀座7丁目千疋屋でりんご磨き。店先に真っ赤なりんごが並ぶ。ぼくは、ひとつ、ひとつ丁寧に磨いた。りんごはとても冷たく指が切れそうだ。指先が悴(かじか)んで落としそうになる。店には「枯葉」のメロディが流れていた。寒い日だった。(野坂昭如「俺の舟唄」第22回 週刊金曜日所収

いうまでもなく、「その日は銀座7丁目千疋屋でりんご磨き。店先に真っ赤なりんごが並ぶ。ぼくは、ひとつ、ひとつ丁寧に磨いた。りんごはとても冷たく指が切れそうだ。指先が悴(かじか)んで落としそうになる。店には「枯葉」のメロディが流れていた。寒い日だった」は野坂にとっての「美しかった言葉」のアナロジーです。私はそう思います。

先に私は野坂の絶筆となったこの一節を私のブログでも「今日の言葉」として引用しておきました。その際、私は、私の言葉として「野坂昭如のこの末期の言葉は昨日の「今日の言葉」で引用した星野智幸さん(小説家)の現代日本社会の「言葉」への慨歎とも通底するもののように私には感じられます」と注しておきました。

その星野さんは「ののしり言葉」が社会に蔓延するようになったことについて次のように書いています。

「彼が政治家になった7年半で、ずいぶん荒っぽい言葉が社会に蔓延するようになった。それまではネットの中にとどまっていた攻撃的で排他的、汚い言葉遣いで誰かを罵るような人が増えた。彼の悪影響は大きいと思います」彼とは、橋下徹・前大阪市長。大阪のテレビ局で行政を取材してきたベテラン記者の感想である。橋下氏が大阪府知事選に出馬してから現在に至るまでの、メディアとの関係を詳細に検証した本書を読んで、私がまず思ったのも、橋下行政最大の負の遺産はヘイトスピーチの隆盛だということだ。(略)メディアは「『言葉』を橋下に乗っ取られてしまった」のだ。橋下氏をなぞるように暴力的な物言いをし、表現の自由だと主張する者たちも、それを黙ってやり過ごす私たちも、言葉を乗っ取られている。」((書評)『誰が「橋下徹」をつくったか 大阪都構想とメディアの迷走』 松本創〈著〉:星野智幸(小説家)「朝 日新聞」2015年12月20日) 

 

「日本はあんなに豊かだった言葉遣いが、どんどん貧しくなっていく」ことについて、星野さんはこの「7年半で、ずいぶん荒っぽい言葉が社会に蔓延するようになった」とさらに期間を限定して指摘しています。しかし、私は、さらに期間を限定して3・11以後に「ののしり言葉」の社会の蔓延がとりわけひどくなっていったことを指摘したいと思います。自分と意見を異にする人の見解をただ意見を異にするというだけでその人の論述の総体としての意図を検証するという当然の手続きを踏むこともなく、いとも安易に人を「御用学者」などと貶め(もちろん、この場合は学者)、その「御用学者」というレッテルだけがこれもなんらの検証も行われずに無批判に拡散されていくということがこの5年の間に私の見るところさらに顕著になっていきました。そのさまはまるで理性の潰えた中世の魔女裁判のごとき様相でしたし、いまもそうです。この国の言葉の奈落はどこまで堕ちゆくのか。暗然とせざるをえません。

「保育園落ちた日本死ね!!!」というあるブロガーの「ののしり言葉」の表現は、そうした「この7年半」「この5年の間」の侮蔑言葉の氾濫現象とけっして無縁ではないでしょう。というよりも、むしろ、「豊かだった言葉遣いが、どんどん貧しくなっていく」その延長線にある事象である側面の方が強いと見るべきではないか。私の見方はそういうものです。だとすれば、「うねりとなって共感を広げている」(朝日新聞)だの「ものすごく圧倒的な言葉の力」(春名幹男さん)だのとブログ記事を称揚することは「この7年半」「この5年の間」の侮蔑言葉の氾濫の沈静化になんら寄与しない。氾濫を放置して見て見ぬふりをする、すなわち悪化させるだけのことにしかならないのではないか。

先日の5日、国会議事堂前で「保育園落ちたの私だ」という紙を掲げるだけのスタンディングがありましたが、このスタンディングには共産党の国会議員も参加したそうです。写真としてアップされています。しかし、その行為は正しいか。私は甚だ疑問です。上記でも述べたとおり「この7年半」「この5年の間」の侮蔑言葉の氾濫を仮に「罵倒文化」と名づけるとすれば、その「罵倒文化」を放任することにしかならないと私は思うからです。私から見れば、いまの共産党はポピュリズムに陥っていて社会事象をマルクス的に見る視点(総体として社会変革の立場から見る視点。「罵倒文化」は社会変革の課題と相容れないものでしかないことは明らかです)を喪失しています。そのひとつの現われが「保育園落ちたの私だ」というスタンディング参加ということであろう、というのが私の見るところです。(続く
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