要するに、
広島平和研究所は、安倍政権に「服従する」、つまり安倍政権を「支持する」研究所に堕落してしまったということを、この記事は意味しています(「服従」と「支持」の関係については、このブログの「『罪』と『責任』:ハンナ・アレントに学ぶ『戦争責任』の解釈」を参照されたし)。

恥を知るということを知らない安倍政権の下では、大学を含む日本社会のいろいろなところで、恥を知るということ知らない輩がのさばるようになってきました。日本は、広島は、本当に恐ろしい事態になっていますね。救いがたい日本の知的荒廃は、現在の首相と閣僚たちの言動からも明白ですが、大学にもすでに現れています。広島平和研究所の状況は、その一証左です。
 
情けないのは、研究所や大学当局による若手の優秀な研究員に対するアカハラ的な処遇に対し、他の研究員のほとんど(私が知る限り1人だけを除いて)全員が反対意見の声を全くあげないということ。「服従」することは本質的には「支持」することであるという、ハンナ・アレントの言葉の重みを痛感する次第です。(
田中利幸ブログ 2016年2月28日更新
同日の中國新聞には同時に以下のような記事も掲載されています。


広島平和研究所といえば2005年から2011年までの6年間、元外交官で革新(社共統一戦線論者)の理論家として著名な浅井基文さんが所長を務めていたところです。また、何よりもこの記事の筆者の田中利幸さん自身も昨年(2015年)の3月まで教授=研究員として在籍していたところとしても著名です。

そういうしだいで私はこれまで同研究所を文字どおりの良心的な「学問の府」として認識していたのですが、その広島平和研が「安倍政権を『支持する』研究所に堕落してしまった」とは驚き以外の何者でもありません。

メディアの状況も以下のとおり。


メディアばかりでなく大学までも安倍政権の軍門に下ってしまうとはなんとも。この国の「大政翼賛会」化は予想をはるかに上回る速度で進行しているようです。

しかし、前便でご紹介した
辺見庸の指摘(神奈川新聞 2016年2月27日付)のようにそこまで来ている「大政翼賛会」化についてもその右傾化に対抗する理念も勢力も持たないというのが政党、市民運動を含むいまのこの国総体の右傾化の現実です。なす術はひとつしかありません。いわゆる「革新」が自らの右傾化の誤りに気づいて即刻その過ちを改めることです。私たちにできることは政党の決定に「服従」せずに政党の理念の誤りについて「それは誤りだ」と声をあげることです。田中利幸さんもハンナ・アレントを援用して言っているように「服従」することは本質的には「支持」することでしかないのです。
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