キョウ へんみ2
2016年2月15日撮影(毎日新聞) 

【「ファシズム」という言葉を鍵に日本の状況をあぶり出してきた】
東京郊外にある料理店で待っていると、窓越しに作家、辺見庸さん(71)の姿が見えた。前回の取材から3年。脳出血によるまひで、右手をみぞおちのあたりに持ち上げたままの姿勢は変わっていないが、足元を見ながら歩くリズムは幾分遅くなったようだ。辺見さんとのやり取りは常に刺激に満ちている。だから、席に着くなり「震災から間もなく5年になりますが、それに絡めたお話を」とお願いした。辺見さんも余計な前置きはしない。「僕がずっと読み込んできた戦争の話と震災を短絡させるのは何なんだけど」と、すぐに語り始めた。(略)

話が一段落したころ、辺見さんはさりげない感じで切り出した。「僕もあと1、2年の命だと思うから……」2004年に脳出血で倒れ、05年には大腸がんが見つかり、外科手術や放射線治療を受けてきた。「これが最後だ」という思いから出た言葉なのか。

病と闘いながら00年代から「
ファシズム」という言葉を鍵に、日本の状況をあぶり出してきた。今月19日に亡くなったイタリアの作家、ウンベルト・エーコ氏らを引用しながら説く現代のファシズムを次のように短く要約してみた。
第二次大戦で独伊の独裁者が突き動かした全体主義のようなあからさまな抑圧ではない。責任を負う中枢も本質もはっきりせず、市民一人一人の内面に癖(へき)や処世という形ではびこる。メディアの自粛や、権威や他者を異常に気にするそんたく、奇妙なムードづくりがその典型――。辺見さんは震災後の日本にそれを感じている。「みんなで『花は咲く』を歌って、なんとなくまとまる気持ち悪さ。この前、日本人をたたえるNHKの番組を見ていたら、『ニッポンすごい』もここまで来たかという感があったね。援助物資を受け取る時に列を乱さない日本人は美しいと言うけれど、僕は薄気味悪い。どうしてもっと言挙げしたり、怒ったり、嘆き悲しんだりしないのかって。遺体から指輪を持ち去った話なんてのは隠されて、美談ばかり並べて。日本人には大きな出来事の背景に聖なるものを感じてしまう癖があるんじゃないか。冗談を言ったり、場違いなことをしたりしてはいけない雰囲気がすごく嫌だね」「サムライ」や「なでしこ」といったイメージをかぶせ、正直で勤勉で調和を重んじる「美しい日本」を自らうたう社会。日本人の持ち味と言われる従順、恥の感覚をことさら強調するムードが、辺見さんは嫌いなのだ。(略)

【「花は咲く」を歌う日本人の意識の底にずっとある鉛のようなもの】
辺見さんは新刊「
1★9★3★7」で、日本軍が南京大虐殺を起こした年に焦点を当て、日本人の内面に共存する「獣性と慈愛」を探ろうとした。「1937年7月、日本が中国侵略を本格化したあの時、誰も戦争だなんて思わず、国民はのんきに暮らしていた。震災5年の状況もどうしてもそこに重なってしまう」執筆には個人的な動機もあった。中国に出征し、戦後、母に言わせれば「お化け」のように人が変わった父の内面にわけ入り、自分をも含めた日本人を考えたかった。父は、訪ねてきたかつての上官に真剣な表情で敬礼してみせた。子供の空気銃でスズメを1発で撃ち落とした時の恐ろしい目。暇があればパチンコ台に向かい、抜け殻のようになっていた姿……。中国人を殺したのか。それを聞き出せないまま父は逝ったが、「長く、父親がしたことを自分の問題として考える意欲に欠けていた」。

その思いが震災後に湧いてきた。「僕は中国で長年特派員をしていましたが、自分は父親とは何も関係なく、何も受け継がず、忘却する権利があると思っていた。ところが先が長くないと思い始め、今の世の中の状況を目にすると、やけに気になる。自分で『自らの記憶に決着をつけたい』という思いで、取りつかれたように本を書き始めたら、基本的な事実を知らないだけでなく、知ろうともしていなかった自分に、びっくりしたんです」<おずおずと父のいた過去を覗(のぞ)く。すると、かれの記憶の川が、知らず知らずに、まだ生きてある私の記憶の伏流にながれこんでくる気がしてくる>(「1★9★3★7」)多くの文献、資料に当たるうち、元兵士の証言から浮かぶ情景が辺見さんの頭から離れなくなる。「原野で兵士2人が、別々に中国人女性を犯しながら互いに手を振り合う。その様子を見ながら行軍している兵隊たちが小銃を振り上げ『がんばれ!』と言ってげらげら笑っている。でも、彼らに犯罪意識はなかった」。
天皇制軍国主義がもたらした、すさまじい負のイメージを感じる。

戦後の日本人は忘れっぽいとよく聞くが、辺見さんの見方は違う。「忘れたふりをして昔を残しておく。そのそぶりに非常にたけている。過去の過ちも責任もあいまいにして、忘れたふりをするには、鉛のような無神経さが必要。それが日本人の意識の底にずっとあると思う」震災で現れた「むき出しの日本」。原発事故で今も約10万人の避難者がいるのに、責任があいまいな状況を許すこの国の姿と、日中戦争での皇軍の姿が辺見さんの中でつながる。戦争被害者が被災者に重なるということではない。自らの行いを深く自問せず、さしたる葛藤もなくやり過ごすところが、今の日本人につながる、と。時空を超え、連綿と続く自分たち自身の危うさを知れ。辺見さんの語りには、そんな提言が込められているように思える。【藤原章生】(
毎日新聞 2016年2月26日

【山中人間話】

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Posted by 宮﨑 喜久子 on 2016年2月25日
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塚田祐之専務理事。コンビで『クローズアップ現代』をさせてもらったこともあった。手堅く、頼りになる、人望厚いひとだった。上滝理事、下川理事、そして塚田専務理事。3人とも退任の挨拶が立派だ。ここまで言われても、会長は辞めないのか。カエルの面に・・・。

Posted by 永田 浩三 on 2016年2月26日

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