キョウ あきち

Blog「みずき」:五十嵐仁さん(元法政大学教授。昨年退職)もメディアの「事実上の長距離弾道ミサイル」報道には「違和感」を表明していますが、商業メディアと同様に「事実上のミサイル」と「誤報」している赤旗批判はありません。著名な共産党シンパとして同党批判を意図的に避けていることは明らかです。それに比して自身が共産党員であることを隠さず公表している豊島耕一さん(元佐賀大学教授。一昨年退職)は今回の赤旗の「ミサイル」報道を明確に批判していて、そういう意味で批評精神の健全さを感じます。しかし、「一体どうしたのでしょうか」というのはいかにも甘すぎる共産党批判です。どうしたのではなく、同党はもはや完全に「右傾化」してしまっているのです。そういう意味での同党批判も必須です。2015年1月10日の小池晃同党副委員長の「天皇のお話」発言批判以来の私の共産党批判をご参照いただければ幸いです。

Blog「みずき」:これまでの記事を読んでも金平記者はSEALDsを相当に評価していますが、同時に金平記者は辺見庸の『1★9★3★7』を映画や舞台、コンサートを含む2015年のジャンル徹底的無視ベスト10の
第1位に選ぶ眼光の人でもあります。その辺見のSEALDs評価は「ぼくはそこに何も新しいものを感じない」「『何としても社会そのものを深いところから変革したい』という強いパッションが見えない」というものです。金平さんには辺見の言葉がわかると思います。もう一度、再考していただきたいものです。

【「ミサイル発射」報道問題と赤旗】
北朝鮮(以下、DPRK)の長距離ロケット発射に対して、メディアは「ミサイル発射」と報道し、これに対して政府がPAC-3などミサイル防衛を発動する事態になりました。過剰反応にとどまらない危険な戦争準備活動(主に国民心理の調教)には大いに警告を発しなければなりません。いや、政府の「破壊措置命令」が本当にロケット本体に実施されたなら、戦争になっていたかも知れません。(略)
たしかに衛星打ち上げロケットと弾道ミサイルとは、ほとんどの技術が共通しているので、ミサイル開発のための実験でもあり得ます。「だから事実上のミサイルだ」というのなら、日本の衛星打ち上げロケットもそう呼ばなければなりません。もちろんアメリカのロケットも同様です。でも決してそのような言い方はされません。さらに、「迎撃」と称してイージス艦を展開したり、石垣島にPAC3を配備したりしましたが、本気でロケットを撃ち落としたらどういうことになるでしょうか。それはもはや戦争行為ではないでしょうか。また、PAC3はロケット本体には届かないので、落下物への対処と言う名目ですが、しかしこれまで、初段ロケットなどの落下物をわざわざ「迎撃」したりしたでしょうか。これらの配備・展開は、実行するつもりもない単なる見せ物と言わざるを得ませんし、政府も自衛隊もそれを分かった上でやっているのでしょう。税金の無駄遣いです。無駄遣いだけならともかく、ことさら軍事緊張を煽るような行動であり、そうとう強力な軍国化の洗脳作用があります。DPRKは核開発問題などわが国にとって脅威の存在という面はありますし、拉致問題も未解決です。しかし、だからこそ、ことさら緊張を煽るのは慎むべきです。安倍政権がDPRKとどれだけ対話の努力をして来たのか、大いに疑問に感じます。

一般紙やテレビだけでなく、今回は「しんぶん赤旗」までもが「ミサイル」と言う言葉を使っています(→
2012年の記事参照)。これには相当な危機感を覚えます。2012年の同様の事態の時は、一般紙が「ミサイル」を使ったのに対し、赤旗は一貫して「ロケット発射」を使いました。一体どうしたのでしょうか。10日の「しんぶん赤旗」には、読者の質問に答える形で「ロケットかミサイルか」を短く論じています(知りたい 聞きたい)。それによると、「ミサイルと人工衛星打ち上げ用のロケットは共通の技術を使用しています。違いは、軍事利用か平和目的かです」とのことです。しかし、外形的基準でなく、いわば打ち上げを行う者の意図で区別するなどというのは普通の用語法ではありません。(ペガサス・ブログ版 2016-02-11

【山中人間話】

確かにヒラリー・クリントンにとっては、ニューハンプシャーの予備選は悪夢だったけれど、選挙戦はまだ始まったばかり。一方のサンダース陣営の運動に、僕は日本のSEALDsに似たダイナミズムを感じました。

Posted by 金平 茂紀 on 2016年2月10日


Blog「みずき」:これまでの記事を読んでも金平記者はSEALDsを相当に評価していますが、同時に金平記者は辺見庸の『1★9★3★7』を映画や舞台、コンサートを含む2015年のジャンル徹底的無視ベスト10の
第1位に選ぶ眼光の人でもあります。その辺見のSEALDs評価は「ぼくはそこに何も新しいものを感じない」「『何としても社会そのものを深いところから変革したい』という強いパッションが見えない」というものです。金平さんには辺見の言葉がわかると思います。もう一度、再考していただきたいものです。

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