キョウ ひひょうとひはん

2015年12月26日~2016年1月5日
*各参照記事の標題(見出し)はBlog「みずき」によります。
 
2015.12.26 ひとりの大学教員とふたりの弁護士の「共産党の国会開会式出席」対応批判 ――一星忽焉として墜ちて声あり、嗚呼共産党死す矣、而して其光栄ある歴史は全く抹殺されぬ

【Blog「みずき」コメント】
下記のおひとりの大学教員とおふたりの弁護士の「共産党の国会開会式出席」対応批判に私は深く同意し、共感するものです。そのうちのおひとりの大田英昭さん(中国・東北師範大学教員)は「一星忽焉として墜ちて声あり、嗚呼自由党死す矣、而して其光栄ある歴史は全く抹殺されぬ」という幸徳秋水がかつての同志たちに宛てた憤激の言葉をもって志位共産党執行部の今回の痴態と愚行を批判しています。まさに今回の事態は「一星忽焉として墜ちて声あり、嗚呼共産党死す矣、而して其光栄ある歴史は全く抹殺されぬ」事態といわなければならないでしょう。

【参照記事】
・かつて共産党は極北の一個の動かぬ星のごとくではなかったか
澤藤統一郎の憲法日記 2015年12月25日) 
・幸徳秋水の「自由党を祭る文」を共産党に贈る
大田英昭のブログ 2015-12-25) 
・志位氏の「国会開会式出席」合理化の理屈は通らない
徳岡宏一朗のブログ 2015年12月25日
2015.12.27 今日の言葉 ――ぼくらがそれまで信じてきたもの、信じようと努力してきたものを、殆ど全て破壊した。だけではなく、ぼくらの自我をも、すっかり破壊してしまった。
 
【Blog「みずき」コメント】
「六全協の決定は、ぼくらがそれまで信じてきたもの、信じようと努力してきたものを、殆ど全て破壊しただけではなく、その誤ったものを信じていた、あるいは信じようとしたぼくらの努力の空しさをはっきりさせることによって、ぼくらの自我をも、すっかり破壊してしまったのです。ぼくらは、いわゆる新方針を理解することも、批判することもできなくなってしまいました。ぼくらは、茫然自失の状態で、世の中に何か正しいことがあるということすら信じられなくなっていました」。
 
柴田翔の『されど われらが日々――』の中で「六全協」体験を回想する佐野という元学生党員の言葉です。作者の柴田翔本人はその当時のことを回想して次のように語っています。「この作品を書き始めたのは1950年代の終わり、大学院生の時です。自分が経験した学生の生活や意識を物語として書くことで、アイデンティティーを確かめようとしていたのでしょう。学生運動を書く、というつもりはなかったんです。けれど、当時の学生にとって運動は大きな位置を占めていたから、おのずから書くことになりました。当時は共産党が、東大でも非常に力を持っていた時代。僕は戦争や原爆への反対運動はしましたが、共産党には関わりませんでした。(略)学生を観察し、小説を書くなかで、「自分が正しい」「周りより上だと認められたい」との感情が、人を動かしているのではないかと思った。単純に言えば、人間の中にある弱さです。『六全協』で共産党は武装闘争を放棄しました。(略)小説では運動を離れた学生が自殺しますが、現実の『彼ら』は、企業戦士になっていきました」(朝日新聞 2015年12月22日)。
 
上記の佐野の小説中の回想は「六全協」で共産党が武装闘争を放棄した後の当時のひとりの学生党員の挫折感を表現したものですが、今回の共産党の決定もその当時とは当然質を異にしますが同党の理念的な意味での屋台骨が健全であるとしてあらたな「六全協」が必要となるかもしれません。そのときはじめて同党執行部体制の理念上、思想上の軽さも暴かれることになるでしょう。同党の「其光栄ある歴史」を「全く抹殺」してしまった科とともに。あるいは「ぼくらがそれまで信じてきたもの、信じようと努力してきたものを、殆ど全て破壊した」科とともに。
 
それとも同党はこのまま社民主義政党に成り下がってしまうのでしょうか。私にはその可能性の方が強いように思えます。現共産党内体制に批判があったとしても同党に民主集中制という非民主主義制度が頑としてある以上、その制度をひっくり返すことは困難きわまりないものがあります(それゆえに「非民主主義制度」だというのです)。だとすれば、(共産党員のみなさん)あなたたちがほんとうに共産党員としての志を失っていないのであれば大挙して(もちろん、形としてはひとりひとり)同党を離党するほかないのではないか。同党中央幹部の「目を覚まさせる」にはそれ以外の処方箋はないように私には思えます。
 
2015.12.29 今日の言葉 ――28日の日韓両政府による「慰安婦問題合意」に対し、日本のメディアと政党と「街の声」のほとんどすべてが「歓迎」「評価」しています。恐るべき事態です。
 
【Blog「みずき」コメント】
「日本のメディアはほとんどすべて『歓迎』『評価』しています」というばかりでなく、「日本の政党のほとんどすべても」(例外は超右翼的立場からの「元・次世代の党」の批判)と付加しておくべきでしょう。共産党も例外ではありません。この2005年の「赤旗」の主張と比較しても同党の政治的後退(右傾化)は凄まじいものがあるといわなければならないでしょう。ここでも「恐るべき事態」は白昼の闇の様相で進行しています。
 
【参照記事】
・「軍の関与」は日本政府の組織的な戦争犯罪を言い逃れする表現
アリの一言 2015年12月29日
・慰安婦韓日会談 何が問題なのか
日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク 2015年12月28日
 
2015.12.30 今日の言葉 ――被害者個人の立場に身を置くならば、日韓請求権協定で解決済みとする論理は何ら説得力がない。米国ご都合、国家ご都合が、論点をかき消している。
 
【参照記事】
・50年を経て日韓は再び米国の圧力の下合意を結ばされた
街の弁護士日記 2015年12月29日
・日本軍「慰安婦」問題解決のための日韓外相会談合意に対する挺対協の立場
OCHLOS(オクロス) 2015年12月29日より)
 
2015.12.31 今年最後の「今日の言葉」として ――「リベラル・左派」の側から行われている最近のなし崩し的な方向転換・右旋回の動きは安倍極右政権以上に日本国の民主主義を根底から腐蝕させつつある。
 
【Blog「みずき」コメント】
以下の大田英昭さん(東北師範大学教員)の論考は、私もこちらで同様の事態について多少の言及をしていますが、共産党の「右旋回」批判に関してより論理的、より説得的に論を展開されています。ほんとうは今年最後の「今日の言葉」としては来年度に希望のつながる言葉を紹介するべきところなのでしょうが、この国の政治革新のためにはこの重大な指摘を不問に附すことはできません。現実の事態を直視してこそ克服すべき課題も見出されるように思います。
 
【参照記事】
・慰安婦問題をめぐる日韓「合意」――「進歩的」メディアと「革新政党」の翼賛化
大田英昭のブログ 2015-12-30
 
2016.01.01 新年のご挨拶に代えて ――光よ。去年今年を貫く棒の如きものであれ。
 
【Blog「みずき」コメント】
去年今年にかけて私宅の西側の窓にわずかに射す光がありました。その光は、人によっては単に陰影の濃い影のごときものでしかないのかもしれませんが、辺見庸の『1★9★3★7』が少なくない人たちに読まれたということだったように思います。左記はもちろん近頃の「右傾化」の諸相を剔抉する隠喩としての例証です。今年にかけて光がさらに「貫く棒のごとき」光として充ちることを私は願わずにはいられません。
 
2016.01.01 社民党員と共産党員に云う。あなたたちは革新政党の党員としておのれを顧みて恥じ入るところはないのか!?――社民党の「増山麗奈擁立」問題及び共産党の「国会開会式出席」問題などに関して
 
【Blog「みずき」コメント】
共産党には社民党大阪府連の古川氏のような覚悟の人はいないのか?
「天皇隣席の国会開会式出席」問題や「日本軍『慰安婦』問題に関する日韓外相会談に対する志位談話」問題をはじめとする最近の同党の激しい「右傾化」問題は見方を変えれば社民党の「増山麗奈擁立」問題以上に「日本国民の民主主義の命運がかかって」いる問題といえるものです。共産党員はなぜ同党本部に正当な異議申し立て(反旗を翻す)をすることができないのか? 共産党員としてのおのれの自恃に恥じるところはないのか?
 
参照記事】
・もし増山麗奈の公認が覆らない場合は、社民党の死を意味すると考え私は離党し再び戻ることはありません。全国民ジャーナリスト宣言!noせんそうママ 2016年1月1日
 
2016.01.02 今日の言葉 ――いま、真にヤバイのは、民主党や維新の党の「共産党アレルギー」というよりも、共産・社民の凄まじいまでの「右傾化」とそれを批判できないけっして「革新」ではない自称の徒の精神の惰弱というべきではないか。
 
【Blog「みずき」コメント】
「今日の言葉」の反語として。徳岡さん。「民主党や維新の党が共産党アレルギーとか言ってる場合じゃない」というのはそのとおりだと思いますが、この文脈は暗に「こういうヤバい状況なんですから共産党批判をしている場合じゃない」と言っているようにも読めます。だとすれば、その認識は違っているのではないか。いまの事態は「『リベラル・左派』の最近のなし崩し的な右旋回の動きは安倍極右政権以上に日本国の民主主義を根底から腐蝕させつつある」。このままの事態が続けば「人々はアイソを尽かしてますます「革新」なるものを信用しなくなるだろう」。だから、この「深刻」な状況を打破するためにも、いま、革新批判こそが喫緊の課題というべきではないか、というのが私の現状認識です。
 
【参照記事】
・民主党や維新の党が共産党アレルギーとか言ってる場合じゃない
徳岡宏一朗のブログ 2016年01月02日
 
2016.01.03 今日の言葉 ――必要なのはどのような言葉なのであろうか。日本人たちが自らの言葉で、日本軍「慰安婦」制度は戦争犯罪であり、日本は「不可逆的」にその責任を認めよ、と主張することが、他ならぬいま求められている。
 
【Blog「みずき」コメント】
鄭栄桓(チョン・ヨンファン)さんはいま、「必要なのはどのような言葉なのであろうか」と私たちに問います。しかし、そのように問われているのは、けっして安倍政権を支持する人たちではないでしょう。彼(彼女)らは、鄭さんによって批判されている「国民基金失敗の「教訓」を表面的にのみ学び、「被害当事者が受け入れられる解決」という言葉を逆手に取って、新たなマジックワード(「責任」)で本質的な対立を覆い隠そう」とする政権を支持している人たちだからです。では、私たちの誰が、そのように問われているのか。端的に言って、安倍政権と対峙しようとしている人たち、この国のいわゆる革新勢力の人たちに対してその問いは向けられているでしょう。しかし、現実は、その革新勢力の中枢に位置する政党(共産党、社民党)さえ今回の「合意」を「新たなマジックワード(「責任」)で本質的な対立を覆い隠そう」とするターム(まやかしの言葉)に乗せられて「一歩前進」などと評しています。しかし、それでも、「必要なのはどのような言葉なのであろうか」という問いは問われなければならないでしょう。だとして、いま、私たちにできることは、あるいは求められているのは、鄭さんの問いを真摯に受けとめようとする姿勢です。はじめの一歩を間違えた以上、私たちはそこから出発する以外ありません。
 
【参照記事】
・「愚かな約束」を前提にすべきではない
鄭栄桓ブログ 2016-01-02
 
2016.01.04 今日の言葉 ――SEALDsの運動は、これまでの内外のストラグル(闘争)やムーブメント(運動)とことなり、公権力と馴れ合い親和的であり、組織主体のはっきりとしないフィノメノン(現象)に見える。
 
【参照記事】
・安倍的な「凶禍の元」は日本の戦後民主主義の中に早くから胚胎していた
OCHLOS(オクロス) 2016年1月3日
・安保法制成立と国際政治
浅井基文のページ 2016.01.01
 
2016.01.04 共産党の国会開会式出席と「自衛隊トップ、天皇認証要求」という政治の右傾化事態との相関について
 
【Blog「みずき」コメント】
国会開会式に共産党が欠席してきたのは開会式の形式が憲法の主権在民の原則と精神にふさわしいものではないというのが最大の理由であったはずだ。そうであれば、「天皇の発言内容に憲法上の問題がなくなっている」としても、そのことをもって、開会式出席の理由とすることはできない(大田英昭のブログ 2015-12-25 )。今回の「出席」決定はこれまでの同党の論理からいっても非論理というほかない。
 
2016.01.04 今日の言葉 ――SEALDsの運動は、これまでの内外のストラグル(闘争)やムーブメント(運動)とことなり、公権力と馴れ合い親和的であり、組織主体のはっきりとしないフィノメノン(現象)に見える。
 
【参照記事】
・安倍的な「凶禍の元」は日本の戦後民主主義の中に早くから胚胎していた
OCHLOS(オクロス) 2016年1月3日
・安保法制成立と国際政治
浅井基文のページ 2016.01.01
 
2016.01.05 今日の言葉 ――近年の日本では、左派系文化人が右傾化の一途を辿っており、対抗者として資格を失いつつあり、非常に深刻な状況にある。
 
【参照記事】
・左翼が右翼にすりよることで両者の違いが見えなくなっている
時事解説「ディストピア」 2016-01-04
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